新間はこう語る。

「このテープの内容は当時、猪木さんには伝えていません。届いたことは伝えたが、知る必要はない、と猪木さんは言った。試合にどのような姿勢で臨むか。私はリングの中のことについては立ち入らないのが信念ですが、これについては最初から最後まで、本人に一切、迷いはなかったと思っています」

 試合から1年以上経過したとき、新間はアリのマネジャー、ハーバート・ムハンマドと訴訟の和解交渉に臨んだ。

「敬虔なイスラム教徒であるハーバートは私の前でアリに電話をかけ、和解の承諾を得てくれたのです」(新間)

 そのとき、ハーバートの手に握られた電話の受話器から、アリの声が聞こえてきたという。

「アリ、お前は猪木が好きだと言ったよな」(ハーバート)

「ああ、そのとおりだ。彼をリスペクトしている」(アリ)

 現在、難病と闘う猪木は長期入院が続く。ツイッターでは10万人超のフォロワーを持つが、自身がフォローするのはただ1人。他ならぬアリだ。  その猪木は近年、「6・26」が近づくと周囲にこう語るという。

「時がすべての裁判官だよ」

(ライター・欠端大林 文中敬称略)

※AERA 2021年7月5日号