東アジアの新型コロナによる人口当たりの死者数は、昨年までは欧米諸国と比べてかなり少なかった。その要因についてさまざまな仮説が立てられてきたが、今やこうした「ファクターX」は説得力を失っているように見える。佐藤さんは言う。

「さまざまな候補が提示されたものの、私が知る限り、いずれも重症化リスクとの関連について科学的な裏付けは立証されていません。公衆衛生も含めた複合的要因でこれまでは流行が抑えられていたのかもしれませんが、インドの感染爆発や台湾、マレーシアの状況も見ると、遺伝的要因に由来するファクターXは幻想だったと思ったほうがよいのではないでしょうか」

 では、今年に入って台湾やマレーシアで感染が流行している理由をどう見ればいいのか。ちなみにHLA-A24の国別の分布割合は、欧米に比べてアジアが高い傾向にあり、日本は世界最多の水準にある。日本よりも比率が高いのは、6月1日からロックダウンを実施したマレーシアだ。

■懸念される変異株

 インド型の流行がHLA-A24の多寡と関連しているのか。佐藤さんはアジア地域の感染状況に関しては疫学データが不十分とする一方、疫学的に信頼できるデータが提示されている例として英国を挙げる。英政府は5月27日、国内での新型コロナウイルスの新規感染者の最大75%をインド型の変異ウイルスが占めている可能性がある、と発表している。

「もともと英国型が主流だったところに、しかもワクチン接種率がかなり進む中で、インド型がすごい勢いで増えています。このことから、HLA-A24との関連とは別に、インド型は英国型よりも感染拡大しやすいとは言えます。これは私たちの実験結果とも符合します」(佐藤さん)

 日本でもインド型は、英国型などと同じ「懸念される変異株」とされ、水際対策も強化されてきた。だがすでに、国内でじわじわと広がりつつある。佐藤さんは「個人レベルで、今よりもさらに気をつけなくてはならないことはない」と言う。

■ワクチン接種がカギ

「マスクを2枚つけましょうとか、人との距離をこれまでの倍にしましょうとか、そういう対策強化は必要ないと思います。問題は、緊急事態宣言も3回目で、慣れのような感覚がついてしまい、感染対策をしなくなる人が増えていることです。疫学研究の結果から、『懸念される変異株』が従来株よりも流行しやすい性質を持つことは間違いない。一人ひとりの対策のレベルを上げるよりも、いま一度みんなで気を引き締め直して、対策をする人の割合を増やすことが求められています」

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