「今、大きな変化が起きる歴史の真っただ中にいる。思いやりと伝統的な政治が再び、重んじられるようになる。女性や体が不自由な人をからかい、他人をこき下ろしていたトランプから解き放たれるの」とニューヨークから訪れていたデニーズ・リースさん(60代)は言う。

「女性、黒人、LGBTQであること、人工中絶や、人生で何でも選択することができる『自由』を取り戻したい」

 そう語るのは、人工中絶手術や性教育のサービスを提供する非営利法人(NPO)「プランド・ペアレントフッド」幹部の白人女性テリー・ピケンズさん(48)。保守派が多い北西部アイダホ州在住で、バイデン氏の選挙運動を手伝っていると通行人から脅されたり怒鳴られたりしてきた。それでも、バイデン氏の勝利を見極め、ワシントンに娘と息子を連れてきた。

 同じ検問所で4時間以上も待った揚げ句、やっと「会場」に入ったと思いきや、目を疑った。過去にオバマ元大統領やトランプ前大統領の就任式で見たような数々のお土産屋や、着飾った参加者や来賓は誰もいない。通りの1ブロックがバリケードで仕切られていて、そこに25人の訪問者が入れるというだけだった。コロナ対策のためである。バリケードの向こうは2メートル置きに並ぶ警官が冷たい視線を向ける。

 トランプ氏は「大統領選挙が盗まれた」と、支持者を扇動し議事堂襲撃事件を引き起こしたとされる。筆者の頭の中に「盗まれた就任式」という言葉が浮かんだ。

 オバマ氏就任式の際は推定で約180万人、トランプ氏の際は約60万人がワシントンの街に溢れかえった。通りに国旗がはためき、レストランも国旗の色の飾り付けで埋め尽くされていた。しかし今回、通りの角にいるのはマシンガンを抱えた警官と迷彩服の州兵。背の高さを超える黒い網のフェンスとバリケードが、就任式会場の議事堂やホワイトハウスの周りに何重にも張り巡らされ、最も近寄れる地点が1キロほど先になる。

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