正恩氏が祖父の体形や服装をまねるのは、祖父の国民的人気にあやかりたいという思惑と同時に、父への激しい憎悪があるという。このため、父と同じ、総書記という名称を嫌い、当初は第1書記を名乗った。ただ、第1書記では大勢いる書記に序列をつけただけで、別格というイメージがでないため、委員長に変更した。

 しかし、組織変更に伴い、地方の党幹部組織のトップがみな、それまでの責任書記から委員長に名称を変更することになった。道や市はもちろん、数人単位で構成する党細胞組織のトップも委員長を名乗った。元党幹部は「委員長と名のつく人間が数万人にも上り、最高指導者の権威に傷がつくという声が上がった」と語る。

 結局、今回の変更で地方組織のトップは責任書記となり、正恩氏は、北朝鮮で唯一の総書記に就任することで事なきを得たという。これも政治に私を持ち込んだ結果だったと言える。

■制裁緩和を勝ち取る

 北朝鮮は今回の党大会で、「人民大衆第一主義」「人民生活の向上」をうたった。おそらく、市場で多く見られる小売業や食堂などの民間経済部門で、市場経済化を進めるという意味だろう。同時に党に規律調査部と法務部を新設、党中央検査委員会の権限も強化した。これは、市場経済の導入によって金正恩体制が動揺することを防ぐため、政治思想部門の統制を更に強化するという意味だとみられる。

 もちろん、そのやり方が長く続くという保証はない。その証拠に、正恩氏は党大会で、軍事部門について異例とも言える詳細な報告を行った。核兵器の小型化・軽量化はもちろん、射程1万5千キロを正確に攻撃できる能力の向上、軍事偵察衛星の設計完成、原子力潜水艦の配備などだ。国内問題で忙しいバイデン米次期政権と何としてでも交渉し、制裁の緩和を勝ち取るというメッセージだろう。

 北朝鮮は14日夜、平壌の金日成広場で、軍事パレードを行った。新型の潜水艦発射型弾道ミサイル(SLBM)「北極星5」や、日本にも深刻な脅威となる、改良した短距離弾道ミサイルなどが登場した。

 そんな不安定で切羽詰まった状況のなか、正恩氏の眼中に日本の姿はひとかけらもなく、党大会で日本に対する言及はなかった。日本人拉致問題を最重要課題とし、無条件での日朝首脳会談を掲げる菅政権は無視の憂き目に遭った。日本政府関係者は「言及されても、日本批判になるに決まっている。まだ何も言われなかった方がマシだと考えたい」と語った。

(朝日新聞編集委員・牧野愛博)

AERA 2021年1月25日号