「指示を出すことに慣れた部長やMBA(経営学修士)ホルダーは地方企業には不要です。求められているのは自分の頭と手を動かし地道にPDCA(計画・実行・評価・改善)を回せる人。そこで力を発揮し、副業先に役員として迎えられるケースもあります」(猪尾さん)

 都市部の人材と地方企業のマッチングサイトは複数あるが、人材大手のパソナグループが手がけるJOB HUB・LOCAL(ジョブハブ・ローカル)は「地域限定・集団お見合い型」だ。岩手県や広島県など複数の地方自治体と連携。その地域に興味を持つビジネスパーソンを集めて現地に赴き、企業の経営者らと交流する。人材側は意中の企業に、自身が考えた課題解決策を提案。マッチングが成立すれば副業開始という流れだ。

 離れた場所で互いを思い合う遠距離恋愛に引っ掛けて岩手県はこの事業を「遠恋複業」と名付けた。そこで出会ったのが、首都圏での販路拡大を狙う老舗店「大林製菓」の大林学社長(45)とNTTデータ社員の増田洋紀(ひろのり)さん(41)だ。

 本業では官公庁向けに業務システムを販売してきた増田さんが、大林製菓の副業では餅を売り込む。増田さんは、群馬県の限界集落で育ったこともあって、地方の活性化に貢献したいという思いを持っていた。そして2016年、NTTデータ社内で岩手県宮古市の復興プロジェクトに手をあげる。以来、もっと「個」として地域に関わりたいと様々な勉強会に顔を出すようになった。

■人と人とがつながる場

 もう一つ、社内の変化も増田さんの背中を押した。

「新規事業の芽を見つけるためには、一人ひとりが自立した個人として既存の顧客以外の人や組織と積極的に交わっていこうと。そういうことが盛んに言われるようになった。自分としては副業がその突破口になると思いました」

 本業と副業とで売る商材は違うが、増田さんが得意とするのは人と人がつながる場作りとそこから共感を広げていく手法だ。

 そのノウハウを生かして、7月には都内で、餅を使った創作レシピのワークショップを開催した。岩手からリモートで参加した大林さんも「商品を一回売って終わりではなく、関係が続いていくのが理想」と増田さんの手法に期待を寄せる。

 パソナJOB HUB事業開発部長の加藤遼さんによると、コロナ禍の中、オンラインで開いた説明会には、例年の3倍近い申し込みがあった。これまで東京での説明会に集まるのは近郊のビジネスパーソンが大半だったが、オンライン説明会には全国、さらに海外からも参加があった。

「大企業側も副業に対して、コロナ以前は『容認』だったのが、最近は『社員の自律的なキャリア開発の支援』という観点で『推進』へと考え方が変わってきた」と加藤さん。大企業、地方企業、働く個人。それぞれの意識変化が、地方副業の追い風となっている。

(編集部・石臥薫子)

AERA 2020年10月19日号