いちはやく東アジアにツアーに出て、現地バンドと交流するようになったのも、彼らのキャリアの中では重要な出来事だろう。とりわけスキップ・スキップ・バンバン、DSPSといった台湾のバンドやアーティストと親しくなったギターの菅原が、日本のインディー音楽と東アジアのそれとの距離を縮めるちょっとした親善大使のような存在になっていったことも特筆に値する。もちろん、アコースティック・ギターの弾き語りで国内外の様々なイベントに出演していたボーカル夏目のフットワークの軽さ、気のおけない雰囲気もシャムキャッツというバンドの懐の深さを伝えていた。

 加えて、彼らが2010年代に新鮮な息吹をもたらしたのは、バンドがキャリアを重ねていく一方で、決してその経験にあぐらをかくことなく、自らイベントを企画したり、レーベルを設立したりと、常にハンドメイドな感覚を持ち続けていたことだ。音楽業界が縮小していく中で、彼らは何よりファンとの関係性を大切にし、オリジナル・グッズを制作販売するポップ・アップ・ショップも不定期に開催していた。自分たちの居場所は、常にオーディエンスと同じ、とでも言わんばかりに、彼らはどんな時も地に足のついた活動を怠らず、その上でバンドとしての音楽的進化にも腐心した。メンバー4人が何より熱心な音楽ファンであり続けたことが、ファンとの温かい関係の両立を可能にした。

 このたびリリースされるベスト・アルバム『大塚夏目藤村菅原』は、彼らの代表曲が詰まった決定版と言える内容だ。実際、ライブでの定番曲がズラリと並んだ曲順を眺めているだけで、去年12月に東京・新木場スタジオコーストで行われたワンマン・ライブでの熱い思いがよみがえる。シャムキャッツの曲はある意味とても普通だ。いい歌があり、いいメロディーがあり、いいリズムがあり、バンド・アンサンブル自体が過不足なくしっかりとしている。ただそれだけだ。でも、ただそれだけのことが……そう、たとえばシャムキャッツのメンバーがリスペクトしているスピッツがそうであるように、どんな時代も誰もが共有できるような普遍的なグッド・ミュージックが必要であるということを伝えていた。

 いつの時代にもいいポップ・ミュージックがあることを当たり前だと思ってはいけない。シャムキャッツの解散表明から約3カ月。今、あらためてそう痛感している。正直なところ、新型コロナウイルス感染症の影響で、今なお音楽の現場は見通しが悪く、多くのアーティストがツアーなどを行えないままだ。それだけに、いまだにこのバンドが解散したことが信じられない。10月19日までは東京・渋谷PARCOにて『シャムキャッツ展 大塚夏目藤村菅原 Siamese Cats Farewell Exhibition』が開催されている。日本の、東京の、インディー・ポップ・ミュージックが幸せだった2010年代そのものに終止符を打ったようなシャムキャッツの不在は、これからジワジワと私たちに響いてくるのかもしれない。

(文/岡村詩野)

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岡村詩野

岡村詩野

岡村詩野(おかむら・しの)/1967年、東京都生まれ。音楽評論家。音楽メディア『TURN』編集長/プロデューサー。「ミュージック・マガジン」「VOGUE NIPPON」など多数のメディアで執筆中。京都精華大学非常勤講師、ラジオ番組「Imaginary Line」(FM京都)パーソナリティー、音楽ライター講座(オトトイの学校)講師も務める

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