本を読むことは誰かに会うことと同じだ。自分と似た人、尊敬する人、もう会えなくなった人にも(撮影/横関一浩)
本を読むことは誰かに会うことと同じだ。自分と似た人、尊敬する人、もう会えなくなった人にも(撮影/横関一浩)
仕事をするのは朝10時から夕方4時までと決めている。5時には帰宅し、5歳の息子と3歳の娘と公園へ。本気で遊んでくれるパパは近所の子どもたちにも人気(撮影/横関一浩)
仕事をするのは朝10時から夕方4時までと決めている。5時には帰宅し、5歳の息子と3歳の娘と公園へ。本気で遊んでくれるパパは近所の子どもたちにも人気(撮影/横関一浩)

「ジャケ買い」という言葉があったが、夏葉社は、その名前で買われるという稀有な出版社だ。立ち上げたのは島田潤一郎さん。島田さんがいいと思う本だけを出版する。ある書店主は「夏葉社の本を置くこと自体が、書店の価値を上げる」と言った。その本づくりの核には、亡き人への思いと自分を救ってくれた「本」というものへの敬意がある。

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 6月半ば、コロナ禍で観光客が消えた京都はずいぶんと歩きやすかった。ひとり出版社、夏葉社の代表、島田潤一郎(44)にとって、ここは勝手知ったる街だ。2009年の創業以来、年に3、4回は訪れる。昼はコンビニのパンを頬張りながら、ひたすら歩いて書店を回る。今回リュックには、できたばかりの『ブックオフ大学ぶらぶら学部』と『本屋さんしか行きたいとこがない』の見本を入れてきた。どちらも昨年、島田が立ち上げ企画・編集を手がける新レーベル「岬書店」から出したものだ。

「新しい店の開拓はしていません。信頼関係がある本屋さんと、ちゃんとつきあうことを大事にしているので。特に京都は個人で経営している小さな店が多いので、お互いに支え合っている感覚があります」
 お坊さんのような風貌。とても優しい声で話す。

 島田は33歳の時、東京・吉祥寺で全くの未経験から出版社を立ち上げた。以来、編集も営業も経理も発送も全部ひとりで担っている。文芸書を中心に年3、4冊を発行し、初版2500部を細く長く売るのが基本。派手な宣伝は一切しないが、着実に版を重ねるものが少なくない。

「最近は、夏葉社の本なら内容がなんであれ全部買う、という人も多いです。一冊買って気に入って、さかのぼって全部揃えたい、とかね。それだけ読む人を熱狂させる何かがある」

 そう話すのは銀閣寺近くの「古書善行堂」店主、山本善行(64)。本好きの間で「古書ソムリエ」としても知られる人物だ。著者名で買う客は多いが、出版社名で、というのは山本の長い経験の中でもそうそうないという。

 山本は10年前、島田が初めて店を訪ねてきた日のことを鮮明に覚えている。

「『前日に定休日だと知らずに来てしまったので、出直しました』と。東京からそんなにまでして来てくれたというのも驚きだったし、『初めて作りました』と出してきたのが『レンブラントの帽子』の復刊ですからね。感激しましたよ」

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訥々と志を語る