「僕は成功した俳優じゃないよ。ただの俳優(笑)。僕がラッキーだったのは、マルチェッロ監督に出会えたことだ。実は彼の前作『失われた美』(2015年)を観て、ぼろぼろ泣くほど感動したから、一緒に仕事をするのが夢だった。彼との仕事は魂の交歓のようだった。とてもパワフルだから、彼といると、どんな障害も越えられる気がした」

 父が声優で、母親はオフィスワーカーだったマリネッリは、幼い頃、映画好きの祖母に連れられ、よく映画館に行ったという。その後アカデミーで演劇を学び、映画界に入った。

「アカデミーでは常にもっと映画を観ろ、美術館に行け、と言われていた。外の世界を観て、自分を肥やせと。まさにジャック・ロンドンがそうだったように。僕は人間のエネルギーというものを信じている。エネルギーはどこにでも感じられる。いまこの瞬間もね」

 そのきらきらと輝く瞳に、絶望という言葉は似合わない。

◎「マーティン・エデン」
エデンは作家として成功した後、幻滅を味わう。9月18日からシネスイッチ銀座ほか全国順次公開

■もう1本おすすめDVD「オン・ザ・ロード」

 作家を描いた映画は少なくないが、ビート世代のジャック・ケルアックによる『路上』をウォルター・サレスが映画化した「オン・ザ・ロード」は、いろいろな意味で「マーティン・エデン」と似ている。伝説的な作家が自身を投影した小説であること、主人公がまだ若く駆け出しの存在であり、若さゆえの情熱、純粋さ、無謀なエネルギーに満ちていること、共にまだ見ぬ世界を夢見ながら、人生の意味を求めて旅に出ること。

「オン・ザ・ロード」の主人公、サル・パラダイスは、社会のルールにとらわれない破天荒な青年、ディーン・モリアーティとその妻に出会い、彼らとともにアメリカ大陸を横断する。彼らにとって、いいことも悪いことも、「人生のすべては路上にある」。

 だが、旅に終わりはつきものだ。旅が終わるとき、サルは作家として一人前になる。マーティン・エデンは成功の果てに幻滅を味わうが、サルにそのペシミズムはない。両者は陽と陰のような存在と言えるだろう。

 魅力あふれる若いキャストたちの、エネルギッシュな化学反応をフィルムに焼き付けたサレス監督の手腕にも圧倒される。

◎「オン・ザ・ロード」
発売元:ブロードメディア・スタジオ 販売元:東宝
価格3800円+税/DVD発売中

(文化ジャーナリスト・佐藤久理子)

AERA 2020年9月21日号