アルバムは全10曲収録。リード曲でもあるポップなラインを持った「windandwindows」に始まる。蓮沼自身のまろやかなタッチのボーカルと、コーラスの木下美紗都のうららかな歌声とのハーモニーが堪能できるキャッチーな曲だ。だが、今作の特筆すべきポイントは、なんといっても2曲目から5曲目にかけて一まとまりとして聴くべき4楽章からなる「FULPHONY」だろう。


 
 「Difference」「Greeting」「Gush」「Faces」とそれぞれに副題がついているように、曲ごとに異なる表情を持っている。楽器や機材の音の「鳴り」を、日常の「もの音」のようにドレスダウンさせた小品「Difference」、穏やかな風景を優雅な風合いで綴りながら後半に向かって大きな膨らみを見せる「Greeting」、スピード感あるミニマルなリフの繰り返しがスリルを醸し出す「Gush」、低音がモダンにうなるジャズ・ファンク的な演奏に環ROYのラップが乗った「Faces」……。聞こえてくる音はオーガニックな生楽器の響きだったり、クールでひんやりとした電子音だったりと様々。コーラスとラップが同じ曲で対等に声を出し合ったり、サックスとスチールパンが折り重なったりする瞬間も面白い。

 それらを音響PA担当のメンバー葛西敏彦の手腕で皮を鞣(なめ)すように整えられている部分もあれば、あえて歪(いびつ)なままにしている部分もあるなど、実は音処理も一辺倒ではない。そう、全く違う質感の音が連なることで、この曲からは一つの哲学が伝えられるのだ。それは様々な人、もの、事象が共存することの意義。多様性こそが、あらゆる価値観が再定義されるべきコロナ禍時代の新課題をあぶり出す。その課題とは、どんな人間も等しくあるべきだという蓮沼の思いでもある。アルバム後半は、前半曲のリミックスが並ぶ。それもまた、一度完成された曲も、実は自由に解体できるという柔軟な姿勢を伝えているかのようだ。

 横尾忠則が手がけたアルバムのアートワークには、様々な動物、生物、景色が当たり前のように描かれている。湖に映る山や空の色も全く同じに見えて実は異なっている。蓮の花が多く描かれているのは、蓮沼執太の名前になぞらえているのだろうか。現在、蓮沼は日本にいるが、ニューヨークの住まいの近くでは「Black Lives Matter」の抗議デモもあったという。全ての人類、全ての生命体は、どのように一つの地球(ほし)で共存していくべきなのか。このことを「蓮沼執太フルフィル」の作品は、我々に示唆しているのではないだろうか。
(文/岡村詩野)

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岡村詩野

岡村詩野

岡村詩野(おかむら・しの)/1967年、東京都生まれ。音楽評論家。音楽メディア『TURN』編集長/プロデューサー。「ミュージック・マガジン」「VOGUE NIPPON」など多数のメディアで執筆中。京都精華大学非常勤講師、ラジオ番組「Imaginary Line」(FM京都)パーソナリティー、音楽ライター講座(オトトイの学校)講師も務める

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