8月は休漁の季節。菊地基文さん(右)は沖合底引き船が並ぶ岸壁で、網引き上げの滑車の錆を落としながら話してくれた(写真:菅沼栄一郎)
8月は休漁の季節。菊地基文さん(右)は沖合底引き船が並ぶ岸壁で、網引き上げの滑車の錆を落としながら話してくれた(写真:菅沼栄一郎)

 震災から9年余りが経ち、福島県相馬市では今年2月にすべての魚の出荷制限が解除された。だが、トリチウム処理水の海洋放出問題やコロナ禍での魚価下落が、本格操業への道を阻む。AERA 2020年8月24日号では、福島県相馬市の漁業の現状を取材した。

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 福島県相馬市の松川浦。震災前は潮干狩りで賑わった海岸近くの岸壁に、約20隻の沖合底引き網漁船が並ぶ。福島県漁業の主力部隊だ。黒潮と親潮がぶつかる福島沖で獲れる「常磐もの」と呼ばれる良質な魚を東京の築地市場に届けてきた。7、8月は休漁の季節だ。漁師たちは船体の白いペンキを塗り直したり、エンジンの整備をしたり、忙しい。だが、若い漁師たちの気分は、いまひとつ晴れない。

 エイの仲間である「コモンカスベ」の出荷制限が解除されたのが、今年2月末だった。原発事故以来、福島県沖では放射性セシウムの基準値を超えた43種が出荷を制限されてきたが、このうちの最後の魚だった。

 震災の翌2012年6月から、地元の漁師たちは「試験操業」を続けてきた。放射性物質が流れだした海で獲れた魚のセシウムを計測し、その減り方と市場の反応をにらみながら、本格操業再開の時期を探る作業だ。

 震災後初めてすべての魚種の出荷制限が解除されたことで、福島県漁業協同組合連合会の野崎哲会長は「新年度中に、できる部分から本格操業に着手したい」と宣言。本格操業への号砲が鳴った。

 ところが、これと相前後してコロナ禍が全国に拡大、飲食店での消費が激減し、市場での魚価が下がり始めた。福島県関連ではこれに加えて、原発の処理水を海洋に放出するかどうかをめぐる政府内の議論が「早期の結論」を目指して動き出した。

 経済産業省の小委員会が2月にまとめた提言のなかで、放射性物質トリチウムを含む水について、薄めて海に流す海洋放出と蒸発させる大気放出の2案を「現実的な選択肢」とし、海洋放出を有力視した。

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