就任後、樋口は次々と改革を行ってきたが、いきなり周囲を驚かせたのが、半年後に本社を大阪から東京に移転させたこと。顧客の多くは東京。なのに、社員がわざわざ大阪から出張していた。外部からの訪問も少なく、情報も入りにくい。明らかにおかしいと樋口は感じた。移転と同じタイミングでオフィスを変え、服装も自由にした。

「同じ格好をしていたら、やっぱり考え方も画一的になるんです。何か暗黙のルールのようなものがあると、多様になれない」

 樋口が何より重視してきたのは、社内の意識やマインドを変えるカルチャー改革だ。

「一人ひとりが正しいことを正しくやろうという文化を目指せば、自然と正しい戦略も生まれ、組織全体も正しく努力するようになるんです」

 樋口の目には、売り上げを増やしたり、利益を上げたり、顧客満足を高めたりする本来の仕事ではなく、社内調整などそれ以外の仕事に社員が忙殺されているように見えた。しかも、それが当たり前になり、何の疑問も持たなくなっていた。

「終身雇用では危機意識も持ちにくい。大企業では大なり小なり、状況は同じだと思います」

 しかし、変化するには、どう変わりたいのかを、社員に示す必要がある。オフィスや服装だけではない。中途採用で外資系企業などから専門知識を持った人材を迎えた。ITのフル活用を求め、部署をまたぐ仕事を意識的に増やし、社員の声に上長が耳を傾けられる仕組みを作った。

「そうすると、やっぱり変わるんですよ。みんな協力的になったし、ダイナミックになった。スピード感も出てきた。フロアに来た人は活気に驚きます。別のカンパニーから異動してきて、違う会社に転職したみたいだと驚く社員もいます」

 改革が社員に受け入れられたのは、樋口の人柄も大きい。パナソニック常務執行役員ライフソリューションズ社社長の道浦正治(みちうら・まさはる 58)は語る。

「切れ者でクール、敷居の高い人なのかな、と想像している方が多いんですが、会うとあまりのフランクさにびっくりされるケースも多いですね。私もその一人でした。そして、とにかく熱い。今は、いろんなことを真似させてもらっています」

(文/上阪徹)
                                                                 
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