吉祥さんは6日の被告人質問を傍聴したが、被告の自己弁護に終始した発言が印象に残った。この日は心愛さんの死亡当日の様子について被告への質問が続いた。検察官から、心愛さんに食事を与えなかったことなど虐待の詳細について踏み込んで質問されると、被告は「覚えていない」と繰り返し、亡くなる2日前から風呂場に立たせ続けたことについては「心愛が自分から『立っている』と言ったので」と自己弁護を繰り返した。

「虐待加害者は『覚えていない』と言えば、それ以上追及されることはないとわかっています。一方で、認めたら自分の人生が台無しになるとわかっているので、全力で否定してきます」(吉祥さん)

 被告は法廷で何度も「ごめんなさい」と謝ったが、これも虐待加害者に共通の行為だという。

「謝れば許されるという経験を何度もしているからです。謝ることで今までのことをなかったことにしてもらう。リセットボタンを押す感じです。逆に、『謝っている自分は偉い』と考えていると思います」(同)

 それも、自分の方こそ被害者という意識があるからだと、吉祥さんは話す。

「心愛さんが亡くなったのも、心愛さんに原因があったと考えているのではないでしょうか。心愛さんを立たせたのも押さえつけたのも、したくなかったのにさせられたという被害者意識です。それなのに自分は犯人に仕立てられ、逮捕された。そんな俺ってかわいそう、という思いです。だから、よく泣きます。法廷で被告が流した涙は、自分がかわいそうと思って流す涙でしょう」

 勇一郎被告の暴力性、残虐性はどこからきたのか。吉祥さんは言う。

「勇一郎被告が育った家庭もまた、父親の権限が強かったという報告があり、家では男である自分が王様だと刷り込まれていったのではないか。そんな歪んだ価値観の連鎖が起きたのではないかと思います」

(編集部・野村昌二)

AERA 2020年3月30日号より抜粋

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野村昌二

野村昌二

ニュース週刊誌『AERA』記者。格差、貧困、マイノリティの問題を中心に、ときどきサブカルなども書いています。著書に『ぼくたちクルド人』。大切にしたのは、人が幸せに生きる権利。

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