30代で「脱医局」の変革 純粋培養の「エリート」から脱却する医師たち (2/3) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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30代で「脱医局」の変革 純粋培養の「エリート」から脱却する医師たち

小長光哲郎,井上有紀子AERA#仕事#働き方
※写真はイメージ(gettyimages)

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 島村さんの放射線科医としてのキャリアは、大学卒業後、大学病院で初期研修を終えてから。続く後期研修も母校を選び、ここで医局入りした。医師が医局に入るタイミングとしては、最も多いパターンだ。

 医師になって4年目には大学院に入り、博士号を取得、専門医の資格も取り、順調なキャリアを積んできた。しかし、「このまま働いていていいのか」という思いが頭をもたげ始めた。原因の一つは、医局の体質だった。

「無給医が問題になっています。どこの医局も同じでしょうが、私も大学院生時代は大変でした。『NO』はなかなか言えず、医局のために働くのが当たり前だと思っていました」

 無給医とは、診療しているにもかかわらず、給与が支払われない、または極端に低額の給与しか得ていない医師のこと。島村さんも、待遇面で大学病院からの給与は少なく、全収入の3分の2は他の病院で医師として働く「アルバイト」でまかなう日々が続いた。大学病院での画像読影の仕事が終わった後、夜11時に高速道路を飛ばしてバイト先の病院に行き、午前2時まで読影をすることもあった。

「生活することはできたけど、物足りないなと思った。実は僕個人に対して、他の病院や健診機関から『契約して遠隔診断して』という声はあったんです。でも、基本的に医局を通していないとできなかった」

 医師としてもっと社会貢献できないか。そう考えていた2019年2月、エムネスの北村直幸社長に出会う。

「遠隔画像診断だけでなく、クラウド上に蓄積されたデータを基にAIを用いた診断支援システムの開発もやる。面白いなと」

 人生は有限だ。博士号も専門医の資格も取ったが、全部捨ててでも挑戦しよう。若いし、大コケしても大丈夫。自分をほしいと言ってくれている人がいる。

 3月に会社を見学し、5月末に病院をやめ、6月に入社した。

「より社会に貢献できる方法を探したい。自分が医者であることの矜持も捨てたくない。両方を叶える方法が、私にとっては転職でした。30代で『脱医局』できてよかった、と思っています」


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