与那原恵(よなはら・けい)/1958年、東京都生まれ。ノンフィクション作家。2014年、『首里城への坂道─鎌倉芳太郎と近代沖縄の群像』で石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞受賞。著書に『美麗島まで』『まれびとたちの沖縄』『帰る家もなく』など(撮影/写真部・掛祥葉子)
与那原恵(よなはら・けい)/1958年、東京都生まれ。ノンフィクション作家。2014年、『首里城への坂道─鎌倉芳太郎と近代沖縄の群像』で石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞受賞。著書に『美麗島まで』『まれびとたちの沖縄』『帰る家もなく』など(撮影/写真部・掛祥葉子)

 AERAで連載中の「この人この本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。「書店員さんオススメの一冊」では、売り場を預かる各書店の担当者がイチオシの作品を挙げています。

『赤星鉄馬 消えた富豪』は知られざる富豪・赤星鉄馬の生涯とその時代を描いたノンフィクション。幕末から昭和の戦後に至る政財界、学術、趣味の世界まで、多くの著名人や歴史上の出来事がつながる壮大な物語だ。著者の与那原さんに、同著に込めた思いを聞いた。

*  *  *

<鉄馬を追いかけるように旅をするうちに、彼の親族や、身近にいた人たち、交錯した人物など、思わぬ人びとがつぎつぎと姿をあらわし、それとともに幕末から明治、大正、そして昭和の時代が浮かびあがってきて、私自身が驚くばかりだった>

 与那原恵さん(61)が『赤星鉄馬 消えた富豪』のあとがきでつづった心境だ。

 赤星鉄馬(1882~1951)は、明治期に武器商人として財を成した赤星弥之助の長男で、米国留学を経て日本初の本格的学術財団といわれる「啓明会」を設立した。釣りが趣味で米国からブラックバスを移入、ゴルフ倶楽部や牧場経営などの事業も手がけ政財界から文化人まで幅広い交友関係を築く。ただしその存在も功績もほとんど知られていない。本書は歴史のなかに消えた富豪・赤星鉄馬の軌跡に光を当てた評伝である。

「『首里城への坂道』の取材で啓明会を知り、その創設資金を出した当時36歳の富豪・鉄馬に興味を持ちました。これがなかなか面白い。まず本人が全く表に出てこない、啓明会でも自分の功績を一切語っていない。富豪の2代目といえば蕩尽(とうじん)とか事業を発展拡大とかいうイメージですがどちらでもない。そんな鉄馬を追っていくと、日本の近代のある場面が見えるだろうと勘が働いたわけです」

「啓明会」という学術研究分野の一方で、大正3年に発足した「東京ゴルフ倶楽部」など、金持ちの道楽に見えるような関わりも実は貴重な国際交流、とりわけ日米友好の場として機能した。鉄馬自身は政治の場に関与しなかったが、吉田茂、岩崎小弥太、孫文、樺山愛輔(白洲正子の父)といった人たちとのつき合いから、軍国化一色に染まらない流れが見えてくる。

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