イラスト:古村耀子
イラスト:古村耀子

 昨年12月、掲載したアスペルガー症候群の特性を持つ夫の言動に絶望するカサンドラ妻の記事に大きな反響が寄せられた。AERA 2020年1月27日号では、妻の怒りにいまいちピンとこないながらも「変わりたい」と望む、夫側の声も聞いた。

【図版】陣痛中の妻よりスマホゲームに夢中 “共感性欠如”の夫の言動と思い

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 シルバーグレーのコートに身を包み、待ち合わせ場所に現れたのは、見るからに上品な紳士だった。誰もが知る大企業で出世し、関連会社の社長を務めたこともあるこの男性(73)に「青天の霹靂(へきれき)」が起きたのは3年前。引退し、10歳近く年下の妻と悠々自適の老後を楽しもうとしていた矢先、別居を宣言された。

「家内いわく、鋭いナイフでスーッと心を切られるような毎日だったそうです。妻をカサンドラにしてしまった責任は全て私にあるんです」(男性)

 カサンドラ症候群とは、アスペルガー症候群(AS)の特性を持つ人との間でコミュニケーションが取れないパートナーが、心身に支障をきたす状態。割合としては男性がASで女性がカサンドラとなる場合が多い。

「たとえばどんな振る舞いが妻を傷つけたと思いますか」

 そう問うと男性は何度も首をひねり、困惑の表情を浮かべた。

「具体的にと言われると難しいですが、面白かった新聞記事のコピーを『読んでみて』と渡したとか。彼女も日々忙しいので困ったんじゃないですか。あとは急に不機嫌に黙り込むとか」

 不機嫌になる原因を尋ねるとまたしばし考え、「嫌なことを話題にされた時、ですかねえ」。

「(ASに多いという)こだわりは強いみたいです。そうだなぁ、焼きそばにはビールとか」

 2時間近く話したが、出てくるのは、先ほどの「ナイフうんぬん」とはどうにも結びつかないエピソードばかり。男性は「悪いのは私」と繰り返すが、だんだん、男性はごく普通の夫で、妻のほうが神経質で度量の狭い人物のように思えてくる。

 取材後、男性の了解を得て、妻に電話した。すると「夫は三重人格みたいな感じなんです」と妻。一つ目の人格は、「エリートなのに腰が低く、温厚で誠実な人」。記者が抱いた印象そのものだ。妻もそこに尊敬の念を覚え結婚したが、間もなく「怒りっぽく」「幼児性の強い」人格が顔を出してきたという。

「他人と一緒にいれば、怒る時にも『加減』というものがあると思うんですが、ASの特性で他者認識がないんでしょうね。自分の『不快』をモロに出し、怒りが全身からあふれ出す感じなんです。しかも何に怒っているのか本人もわからないみたいで、聞いても答えられない」(妻)

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