南風原:英語4技能評価や記述式問題は、「高校生の英語力を伸ばす」とか「思考力・表現力を育てる」という大きな目標のための手段の一つにすぎません。検討事項の(1)(2)が導入を前提とした議論になるとしたら、同じ失敗を繰り返します。目標を達成するための手段はほかにも考えられるわけで、まずは共有できる「目標」を明確にすることから始めるべきです。

紅野:私も同感です。会議の名前は「大学入試のあり方に関する検討会議」となっているわけですから、改革を通して何を目指していたのか。その再確認が大事です。4技能評価や記述式問題を「技術的にいかに導入するか」といった方向に議論を矮小(わいしょう)化するのは避けてほしいです。

羽藤:検討事項(3)は「格差への対応」です。英語の民間試験は、萩生田文部科学大臣の「身の丈」発言がきっかけで見送りとなりましたが、問題はそれだけではありません。営利を目的とする事業者に試験の運営を丸投げするという構造的欠陥がありました。その結果、入試に求められる公正性や公平性がないがしろにされ、全員が受験できる見通しさえ立ちませんでした。委員会では、民間試験の利用を前提とせず、何のための民間試験導入か、民間試験導入でその目的が本当に達成できるのかをまず確認していただきたい。

紅野:国語や数学の記述式について言うなら、大学入試センターの山本廣基・理事長もコメントしているように、50万人規模の答案の採点ミスをゼロにすることは不可能です。先ほど南風原先生もおっしゃったように、生徒たちの「記述力」や「表現力」を高めたいのであれば、方法はほかにいくらでもあります。

――共通テストの過去の審議では、専門家や現場の声に耳を傾けてこなかったことの問題も指摘されています。

紅野:国語の記述式試験を経験している教員であれば、それがいかに大変で、50万人規模の実施は不可能だということを経験則としてわかっています。しかし、そうした現場の声に耳を傾けられなかったことが、見送りを大幅に遅れさせ、さらなる混乱を招きました。

羽藤:検討会議の委員が18人選ばれていますが、このメンバーでいま求められる議論や判断がすべてできるのでしょうか。これだけ大きな問題となったわけですから、なぜその方々を委員に選んだのか、萩生田大臣にはきちんと説明する責任があると思います。

――大臣は会見で、幅広く意見を聞き、必要に応じて、分科会の設置も考えていると述べています。

羽藤:関連分野の専門家や現場を知る人たちをどんどん呼んでほしい。これまでのように、「即戦力の人材を」「英語が使える人材を」といった財界の一方的な注文をそのまま教育の現場に降ろしてくるのはやめてほしい。総授業時間、クラスサイズ、教員の手間や力量・意識などの現実を踏まえ、エビデンスと照らした現実的な議論をしなければ、同じ失敗を繰り返します。

南風原:失敗の検証も大事です。今回、何が起きたのか。なぜ起きたのか。多くの人が技術的に不可能だと思っても、なぜ止められなかったのか。その検証抜きに進めてはいけません。

羽藤:その通りですね。大混乱に至った経緯を徹底的に検証していただきたい。

南風原:私が文部科学省の「高大接続システム改革会議」の委員をしていたときに、記述式の採点にコンピューター技術を活用する試みもなされました。問題が多く頓挫しましたが、それらを含め、「何ができて、何ができなかったのか」の整理が不可欠です。

――検討のスタートにあたっては、まず「目的と手段を取り違えず、目標を確認・共有すること」「専門家や現場の声を生かすこと」「失敗の検証」の三つが大事だということですね。

羽藤:検討の期間は1年とされていますが、とても1年でできるとは思えません。結論ありきにならないように、期限を区切らず本質的な議論が積み上げられることを願いたいです。

(文/編集部・石田かおる)

※鼎談の詳報は「AERA 2020年2月3日号(1月27日発売)」に掲載予定です。