「大学4年で卒論を書くことから逆算すると、高校卒業時までにリポートを書く基礎になる段落構成力は身につけてきてほしい」(同)

『論理トレーニング』などの著書のある、立正大学の野矢茂樹教授(哲学)は大学入学共通テストのモデル問題に「駐車場の契約書」をはじめとする実用文が出されたことを評価する。

「ただし、契約書という新規性にばかり注目が集まり、出題の意図が正しく理解されていないのが残念。ポイントは、規則を具体的な場面でどう適用するか。論理的能力を問う問題で、契約書を読む問題ではないんです」

 野矢教授は「1回読めばわかる文章」を書けて、読める「日本語の基礎力」の育成が大事だという。そのためには名人芸的なレトリックを含む文学より、レシピから論文まで、さまざまな説明文の「普段使いの文章」で、情報把握や論理展開の力を鍛える方が効率的だと考える。

「要約することが意味を持つ文章を使うのがおすすめです。文学でできないことはないですが、詩は要約すると魅力を失いますよね? 小説も同様で、文学は細部の表現に作家が命をかけています。それだけに、あらすじを抜き出し論理のトレーニングに使うのはもったいない。普段使いの言葉を用いた『論理国語』で日本語の基礎を、その上に『文学国語』で表現や多様な視点を学習するといった棲(す)み分けが必要です」(野矢教授)

 本誌アンケートでは「新指導要領の実用文重視への転換をどう思うか」も尋ねた。これに対し、「良い」が15%、「悪い」が55%、「どちらともいえない」が30%だった。「良い」と答えた大学院1年の男性は、

「足し算ができない生徒に微分積分を教えても意味がないように、読解力のない生徒に文学を教えてもどうかと思う。文学に触れない生徒が出るのは好ましくないが、優先すべきは読めない人を減らすこと」

 と主張。これに対し「悪い」と答えた26歳の会社員の女性はこう指摘する。

「SNSなどで意味を正しくとらえられない人たちは、言葉の背景を汲(く)みとれていない。それには想像力が必要で、実用的な文章だけで鍛えるのは難しい」

 古代ギリシャの、有名な論理矛盾を伝える文に、

「『クレタ人は嘘つきだ』とクレタ人が言った」

 がある。クレタ人が嘘つきだとしても正直だとしても意味に矛盾が起きる。ところが、前出の安藤教授は「クレタ人は正直に話したのだ」と解釈する。

「クレタ人は、自虐、自嘲をこめて『クレタ人は嘘つきだ』と言ったのです」(安藤教授)

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