1970年の大阪万博では月面に到達したアポロ11号が持ち帰った石が話題となったが…(写真/gettyimages)
1970年の大阪万博では月面に到達したアポロ11号が持ち帰った石が話題となったが…(写真/gettyimages)
福岡伸一(ふくおか・しんいち)/生物学者。青山学院大学教授、米国ロックフェラー大学客員教授 (c)朝日新聞社
福岡伸一(ふくおか・しんいち)/生物学者。青山学院大学教授、米国ロックフェラー大学客員教授 (c)朝日新聞社

 メディアに現れる生物科学用語を生物学者の福岡伸一が毎回一つ取り上げ、その意味や背景を解説していきます。

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 1970年の大阪万博(EXPO70)の光景を憶えている人は、だんだん減ってきているのではないだろうか。私は当時、小学校5年生、鮮烈な印象がある。

 60年代の学生運動の波には間に合わず、かといって80年代のカルチャー路線の予感もまだなかった私たちの世代は、万博が提示したテーマ「人類の進歩と調和」に来るべき未来の明るいイメージを感じた。ガイドブックや地図、ロゴマークやグラフィックデザインに夢中になった。

 ただ、大阪は遠く、おいそれとは行けなかった。それでも会期中、2回訪問した。会場は当時の建築家が競い合ってつくったかっこいいパビリオンが林立していた。どの施設に入るにも長蛇の列で何時間も待たなければならなかった。

 特に人気なのはアメリカ館だった。そこには、前年、月面に到達したアポロ11号が持ち帰った「月の石」がおごそかに展示されていた。「月の石」はスポットライトを浴びてさんぜんと輝いていた。人類が宇宙に進出していく時代。SFが現実となる未来の扉が拓いたことを感じさせた。

 以来、約50年。人類はまだ月以外の天体に到達していない。いまにして思えば「月の石」も、なんの変哲もないただの石ころにすぎなかった。実際、分析の結果、月の石の成分は地球のマントル成分と類似した金属が主成分で、月が地球の岩石から生成されたことが示唆された。月の石には有機物は含まれておらず(つまり生命の痕跡はなく)、月が誕生したのは地球に生命が生まれるよりもずっと前のことだった。

 月がどのように生まれたのかは、いまだによくわかっていない。地球が誕生した頃に同時に生成した説、地球の一部がちぎり取られた説、他の惑星と地球の衝突によって破砕された岩石が集合した説、など諸説ある。いずれも月が誕生したのは地球が誕生したおよそ46億年前であり、生命が地球に誕生するのはそれから8億年後のことである。

 さて、2025年、再び大阪に万博がやってくる(EXPO25)。そこで私はひとつ提案をしたい。EXPO70のアポロ計画の向こうを張るのである。

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福岡伸一

福岡伸一

福岡伸一(ふくおか・しんいち)/生物学者。青山学院大学教授、米国ロックフェラー大学客員教授。1959年東京都生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学医学部研究員、京都大学助教授を経て現職。著書『生物と無生物のあいだ』はサントリー学芸賞を受賞。『動的平衡』『ナチュラリスト―生命を愛でる人―』『フェルメール 隠された次元』、訳書『ドリトル先生航海記』ほか。

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