ちょうど来年、宇宙探査線「はやぶさ2」が、小惑星リュウグウから戻ってくる。その際、はやぶさが回収してきた「リュウグウの石」を2025万博の目玉として展示すればよい。はやぶさ2は来年の終わり頃、リュウグウと地球が接近した頃に地球に戻ってくる。リュウグウの石にはひょっとすると「月の石」とは違って生命の痕跡があるかもしれないからである。そうなれば本当の意味で、SFが現実化する1ページが開かれるはずだ。「いのち」の未来をテーマとする2025万博の主旨にもぴったりである。

 リュウグウは、地球と火星のあいだを周回する小惑星で、直径700メートルほどの「そろばんのコマ」のような形をしている。リュウグウに生命の痕跡があるかもしれないと期待されるのは理由がある。リュウグウをはじめとする小惑星は、もともと地球が誕生した頃にできた惑星(地球の兄弟のような星)が、ずっとあとになって(今から10億年くらい前)他の天体と衝突し、破砕された岩石が宇宙に散らばり、その一部が再集合して形成されたものと推定されている。つまり破砕される前、その惑星は地球と同じように太陽系の一員として約30億年に近い宇宙史をたどっていることになる。

 その間、どんなことが起きただろうか。リュウグウの石にはその歴史が刻まれているはずだ。

 リュウグウの石の成分に、メタンやエタンといった有機化合物、あるいは糖、アミノ酸、さらには核酸成分のようなものが発見されれば、「生命の痕跡発見!」と大騒ぎになることは間違いない。ただし、本稿の本題はここからである。有機物の存在は、確かに生命の痕跡ではあるのだが、それだけでは生命の存在を証明したことにはならない。ここには、生命とは何か、という本質的な問いが含まれている。次回以降、そのことを論じてみたい。(文/福岡伸一)

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福岡伸一

福岡伸一

福岡伸一(ふくおか・しんいち)/生物学者。青山学院大学教授、米国ロックフェラー大学客員教授。1959年東京都生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学医学部研究員、京都大学助教授を経て現職。著書『生物と無生物のあいだ』はサントリー学芸賞を受賞。『動的平衡』『ナチュラリスト―生命を愛でる人―』『フェルメール 隠された次元』、訳書『ドリトル先生航海記』ほか。

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