ちらしを受け取ってもらえることは少ない(写真はイメージです。本文とは関係ありません/渡辺豪撮影)
ちらしを受け取ってもらえることは少ない(写真はイメージです。本文とは関係ありません/渡辺豪撮影)
松谷リコさんの愛読漫画の一部(松谷さん撮影)
松谷リコさんの愛読漫画の一部(松谷さん撮影)

 首都圏のターミナル駅。周辺には、日本各地でなじみのデパートや飲食チェーン、電化製品の大手販売店が一通り、セットのように密集している。ひっきりなしに人々が行き交うこの駅前の路上が、松谷リコさん(34)の職場だ。

【写真】松谷リコさんの愛読漫画の一部(松谷さん撮影)

「コンタクトレンズ、お探しですか」

 雑踏ですれ違う人に呼び掛け、さっとちらしを差し出す。一見、無造作に映るが、ちらし配りの熟達者には独特の勘が働く。受け取ってくれそうなターゲットに素早く近づき、早口で声をかけるのがこつだ。

 ここはコンタクトレンズの販売激戦区。駅の周囲には、常時数人の同業者がしのぎを削る。週3~6日、午前11時から午後7時まで、松谷さんは街頭でのコンタクトレンズ広告のちらし配布の仕事を5年近く続けている。

 せわしげな人の波は途切れることがない。その流れの真ん中で、店から支給された赤色のヤッケを羽織り、ちらしを配る松谷さんの姿だけが静止画像のように浮き上がって見える。しかし、受け取る人はほとんどいない。多い日でも、受け取ってもらえるのは1日50枚ほど。傍で見ているこちらのほうが、心が折れそうになる。

 そう話すと、松谷さんは滑らかな口調で、仕事中の心の内を明かしてくれた。

「たしかに、表情はだんだん死んでいきます(笑)。でも大丈夫です。慣れてしまえば、そんなにきついと思わなくなりました。お客さんを店まで案内できれば一気に立ち直れます」

 ちらしを配るだけでなく、近くの雇用先のコンタクトレンズ店に客を案内するのが、松谷さんに求められている仕事だ。ちらしを受け取った人の反応が良ければ、すかさず「私と一緒にお店に行けば特典があります」と説明する。特典はコンタクトレンズ代金の100円オフだ。

「店まで案内できるのは、よくて週1かな。ゼロの日もあります。ここ数週間はゼロが続いています」
 
 松谷さんの口ぶりに、かすかに不振のプレッシャーがにじむ。

 つらいのは冬の寒さだ。店が混雑したら接客もできるよう、冬もパンプスにスカート姿で街頭に立たなければならない。ダウンジャケットを着ていても足元が凍えそうになる。雨の日は傘をさしても、びしょ濡れになる。知らないおじさんから、「許可もらってるの」と問い詰められたこともある。

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渡辺豪

渡辺豪

ニュース週刊誌『AERA』記者。毎日新聞、沖縄タイムス記者を経てフリー。著書に『「アメとムチ」の構図~普天間移設の内幕~』(第14回平和・協同ジャーナリスト基金奨励賞)、『波よ鎮まれ~尖閣への視座~』(第13回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞)など。毎日新聞で「沖縄論壇時評」を連載中(2017年~)。沖縄論考サイトOKIRON/オキロンのコア・エディター。沖縄以外のことも幅広く取材・執筆します。

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