朝10時にフードトラックで現場に入った吉沢さんがまずしたのは、パエリア鍋に建築用の水平器を置くことだった。傾きがわずかでもあると味にムラが出るからだ。パエリアの仕上がりは気温や湿度にも影響され「安定させるのはいまだに難しい」と吉沢さんは言う。ひとりで料理して盛り付けし、販売中も並行して調理する。お昼どきは汗だく。とにかく慌ただしい毎日だ。これほどの人気ならば、人を増やしたり事業を拡大しては?

「よく言われますが、食数を追い求めると味がぶれるんです」

 と吉沢さんは“納得の味”にこだわり続けてきた。

 ここ数年、昼どきのオフィス街でフードトラックを多く見かけるようになった。東京都によると、都で営業許可を取得した数は07年からの10年間で倍増。約3千台まで増えている。背景には、SNS時代に入ってフードトラックの存在が広く知られるようになったことがある。加えてフードトラックと空きスペースとをマッチングさせるサービスの存在も大きい。

 03年、東京・大手町のサンケイビルや東京国際フォーラムに「ネオ屋台村」をスタートさせたワークストア・トウキョウドゥがマッチングの先駆けとなり、16年にはITを駆使して配車の最適化を図るMellow(メロウ)が登場。「TLUNCH(トランチ)」を展開した。わずか3年で約160カ所のスペースを確保し、現在、トランチには約600台のトラックが登録されている。スマホのアプリで最寄りの出店場所を探せるので、オーナーとユーザーそれぞれに利便性が高い。「フードトラック2.0」というべく新たな流れを生んでいる。

 トランチでは基幹システム「Kitchen」で登録事業者のデータや売り上げ、営業場所の希望などを一元管理。AIを活用して契約スペースの条件や客層、食の好みなども加味し、フードトラックをマッチングさせている。

 こうしたなか、従来、フードトラックは固定店舗を持つための足がかりだったのが、固定店舗を持つ料理人がフードトラックに進出する逆転現象も起きている。銀座8丁目のイタリア料理店「Colpo della Strega(コルポデラストレーガ)」だ。夜9千円前後で提供しているイタリアンの味を800円ほどで食べられるとあって、たちまち人気店となった。

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