紀平は世界選手権に向けて、「ショート、フリーともに完璧な演技でノーミスをそろえたいという思いがすごく強い」と語った  (c)朝日新聞社
紀平は世界選手権に向けて、「ショート、フリーともに完璧な演技でノーミスをそろえたいという思いがすごく強い」と語った  (c)朝日新聞社

 スケート靴の急な交換、左手薬指の怪我。次々とハプニングが彼女を襲った。フィギュアスケート女子の紀平梨花が四大陸選手権で見せた強さ──。

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 今季のフィギュアスケートの四大陸選手権は、男子だけでなく女子も混戦となった。その舞台で、中心にいたのは紀平梨花(16)だ。言わずと知れたトリプルアクセルジャンパー。昨年12月のグランプリファイナルでは計3本のうち2本を成功させて優勝。ジャンプの技術では世界トップクラスだ。

 経験を多く積むことがまだ16歳の彼女の栄養になるが、この四大陸選手権も、まるで彼女を試すかのように、次々とハプニングが起きた。まず12月末に新調したばかりのスケート靴のうち、トリプルアクセルの踏み切りに使う左の靴が異常な速さで劣化してしまったのだ。それは1月に行った米国での強化合宿のハードさを物語っていた。

 予備に新しい靴を持参していた紀平。現地入りしてから靴を換える緊急事態となった。

「換えて3日で試合なんて初めて。でも新しいほうがいいジャンプができている」

 新しい靴に慣れようと意欲的に練習を再開した翌日、今度は転倒した際に左手薬指を痛めてしまった。手に力が入らず、曲げることができない。

「(痛みは)けっこうヤバイ。引けばいいけど」

 と、不安の表情を浮かべた。

 たかが指の怪我と思うかもしれないが、トリプルアクセルを跳ぶためには致命傷だった。通常は、両手を強く握り、すばやく体の中央に引き寄せることで回転軸をつくり出す。

「薬指が伸びていることで空気抵抗が大きくなって、腕を振り上げて締めるまでのタイミングが遅くなり、回転も遅くなっているのを感じました」

 翌朝に現地の病院にかかり、チームドクターが「骨折ではなく、亜脱臼」と診断。紀平も痛みが引いてきたことから、強行出場を決めた。

 しかし、指を曲げられないままトリプルアクセルを成功させるのは未知の世界。ショート前日の練習では、中指から小指まで3本を固定することでトリプルアクセルを降りたが、これだとスピンの時にエッジをつかむことができない。コーチとは「今回はダブルアクセルに抑えよう」と話し合い、暗中模索のまま時間が過ぎていった。

 しかし紀平は攻めた。ショートの6分間練習後、本番のわずか十数分前に「やっぱりトリプルアクセルにしたい」と決意した。しかしいつもよりスピードなく助走に入ると、ジャンプは1回転半に。得点を失い、まさかの5位発進となった。

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