11月上旬、北九州市から車で40分ほど離れた苅田町にある豊鋼材工業の苅田工場。

 耳をつんざくような音を轟かせ、巨大な鉄板が次々に切断され、機械を流れていく。工場には、重々しく使い込まれた機械がいくつも配置され、大きな操作盤の前では作業員が目の前を流れていく鉄の板に真剣な眼差しを送る……。

 その中にひときわ若い、ヘルメットと作業着姿の下岡の姿があった。

 創業60年を迎えた豊鋼材工業が保有する最大規模の工場は、鉄板や鉄骨などさまざまな鉄製品の加工を手がける。北九州が製鉄で隆盛を極めた時代には苅田工場だけで1千人ほどいたという作業員は、今では100人ほどに減った。

「鉄鋼加工の機械は一度導入すると数十年にわたって使われます。工場の自動化はもちろん必要な改革ですが、今ある機械ごと入れ替えたり加工ラインを止める必要があるのは現実的ではありません」

 苅田工場・鋼板一課主務の紅林孝治(35)はそう話す。

 鉄鋼加工には、熟練工の技術が不可欠だ。しかし、人材不足のなか、いつまでも熟練工の技術に頼ることもできない。機械を入れ替えることも現実的でない状況で、鉄鋼加工機械メーカーとして取引のある東研機械製作所社長の矢原肇也が引き合わせたのが、旧態産業の現場に新しい技術を持ち込むクアンドだった。現在、ディープラーニングの技術を応用して苅田工場の作業効率を上げる取り組みがスタートしている。

「現在は、熟練工の作業に関するデータなどを実際に工場で収集している段階。どの段階のデータをどのように集めるかなど、東研や豊鋼材と一緒に模索しながら進めている」(下岡)

 矢原とクアンドが繋がったのは、九州工業大学で産業用ロボットの知能化を研究する准教授の西田健(44)の仲介だったという。西田は、北九州にとって企業と最新テクノロジーの橋渡し役となる重要な存在だ。九州工業大学は、北九州を代表する企業のひとつである安川電機の創業発起人である安川敬一郎が日本の産業を支える技術者を育成する目的で設立した。西田は言う。

「重工業の現場で使用されている機器は、多くの場合使いこなす専門の職人が必要です。特別な技術や経験がなくとも扱える専門機器の開発が、現場では求められていると感じます」

 クアンドと東研機械製作所、豊鋼材工業、九州工業大学の例のような産学のスムーズな連携には、北九州市も独自で力を入れている。北九州市の外郭団体である北九州産業学術推進機構(FAIS)は、理工系の国・公・私立大学や研究機関を同一のキャンパスに集積した北九州学術研究都市を運営する。クアンドも同都市内にオフィスを構える。経営に携わりながら、自らも技術者として現場に出る中野が言う。

「古いものと新しいものの融合は難しい。古いものにはしきたりや既得権益が付いてくることが多く、そういう部分を突破していかなければ新しい取り組みは生まれない。古さを突破する難しさとは常に向き合っている」

 人材不足にはクアンド自身も悩む。

「私たちが子どもの頃育った八幡東区の中央町や諏訪町は、新日鉄で働く数千人規模の労働者が24時間行き交っていたが、物心がつく頃からどんどんまちが衰退していった。高齢化も進み、人材が流出する一方だ」と話す下岡。

 今後はクアンド自らが北九州の旧態産業を変革する急先鋒となることで、これらの課題を克服していく必要性がある。(文中敬称略)(ライター・渕上文恵)

※AERA 2018年12月3日号より抜粋