一度は心中まで思い詰めたという畑山郁夫さん。母親がつまめるよう肩に取っ手の付いたつなぎが介護服。家族介護者と出会い、認知症ケアを学び、母親と穏やかな関係を再構築した。母親もBPSDが少なくなり、笑顔が増えた(写真:畑山郁夫さん提供)
一度は心中まで思い詰めたという畑山郁夫さん。母親がつまめるよう肩に取っ手の付いたつなぎが介護服。家族介護者と出会い、認知症ケアを学び、母親と穏やかな関係を再構築した。母親もBPSDが少なくなり、笑顔が増えた(写真:畑山郁夫さん提供)
高齢者の約3人に1人が認知症時代へ(AERA 2018年11月12日号より)
高齢者の約3人に1人が認知症時代へ(AERA 2018年11月12日号より)

 認知症を患うと、今までとはどんどんかけ離れた人になっていく……というイメージもあるが、医師は「認知症になるとは、『恍惚の人』や『宇宙人』になるわけではない」と断言する。認知症の母との心中を考えた男性も、その見方や付き合い方を変えることで、関係性を変えることができたという。

【図】高齢者の約3人に1人が認知症時代へ

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 25年にわたり認知症患者を診てきた島根県・エスポアール出雲クリニック院長の高橋幸男医師は、こう断言する。

「認知症になるとは、『恍惚の人』や『宇宙人』になるわけではない。私たちの人生の延長線上にあることです。言葉や理屈が通じないと、人は『何もわからなくなった』とみなしがち。確かに、認知症になると、言葉がタイミングよく使えず、コミュニケーションが取りづらくなります。けれども、当事者は様々なことができなくなっていく自分を、『わかっている』んです」

 何もできなくなるのでは、という不安がある。さらに大きいのは、発症後に身近な人との関係性が変わることへの不安だ。風邪を引いたら家族は「ゆっくり休んで」と気遣ってくれる。だが認知症では「忘れても大丈夫だよ」とはなりにくい。

「家族は、『認知症になってほしくない』。だから、ことあるごとに『忘れないで』『しっかりしてよ』と励ましてしまう。それを当事者は責められていると感じます」(高橋医師)

 他愛のない孫や近所の話をしたいのに、物忘れにまつわる話が話題の中心になる。当事者は口をつぐみ、何げない日常会話が失われ、家族も「この人はわかっていないから」と、話しかける機会が減る──。

「臨床上よく聞いてきた『相手にされてませんわ』『大事にされてませんわ』という当事者の言葉は、疎外感ゆえ。そういう不安が、『BPSD』を引き起こすと私は考えています」(同)

 BPSDとは、記憶障害など認知症の中核症状以外の、せん妄や暴言、もの盗られ妄想などの行動・心理症状だ。介護側もよりつらいのが、これだろう。親や配偶者の人間性が変わってしまったように思えるからだ。

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