「寺として社会貢献せなあかん」

 目指したのが、社会に参加していくための「場づくり」だった。

 2階の本堂は音響や照明設備を備え劇場型の円形ホールにし、アートなどを通じて交流する場とした。寺らしからぬこの場所で演劇や講演会、映像上映などのイベントを年間100回以上実施。今では地元で「若い人が集まるお寺」として知られ、仏教界はもちろん、大阪の政財界、マスコミ、演劇界でも「芸術のお寺」として知る人ぞ知る寺となっている。

 秋田が重視するのは、二つの「シュウカツ」だ。

 9月には「おてら終活祭」と銘打ったイベントを開催した。超宗派の僧侶や専門家が集い、宗派別葬儀デモンストレーションやトークイベント、終活相談などを行った。12月には「宗活塾」も開催。「執着」をキーワードに僧侶の話などがあるという。

 秋田によると、「終活」はどう生きたかという「解」を求めるもの。宗教活動を略した「宗活」は、幸せとは何か、死とは何かを考えることだという。

「実務課題の解決だけでなく、死生観を養う場を目指します」

 仏教の社会参加について、秋田はこう話す。

「公共の政策からこぼれ落ちた人々に寄り添うのもまた宗教者、すなわち寺の役割。そもそも社会参加ゆうのんは、国家以前にお寺が原型なんです。国や行政ができへんことをする。そこに意味があるんやないですか」

 前出の石井教授によれば、寺を巡る状況が厳しくなることは、都市化が進んだ70年代から予想されていたことだという。こうしたことを寺も把握していた。しかし、寺は依然として従来の檀家制度の上に安住し対応できなかったと、厳しく指摘する。

「少子高齢化、人口減少、地域社会の流動化と崩壊、家族形態の変化はとどまる様子を示さない。崇敬者や信者はもちろん、広く宗教文化の重要性を継続的に訴えていく必要に迫られている。宗教者と宗教団体が果たすべき役割は極めて重大だと考える」(石井教授)

 仏教界が社会に目を向けるようになったのは、このままでは寺が消滅するという危機感の裏返しでもある。(文中一部敬称略)(編集部・野村昌二、ライター・秋山謙一郎)

AERA 2018年10月29日号より抜粋

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野村昌二

野村昌二

ニュース週刊誌『AERA』記者。格差、貧困、マイノリティの問題を中心に、ときどきサブカルなども書いています。著書に『ぼくたちクルド人』。大切にしたのは、人が幸せに生きる権利。

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