佐喜真淳氏と玉城デニー氏の間で終盤まで激戦が伝えられた知事選。選挙後には辺野古新基地建設の是非を問う県民投票が控える (c)朝日新聞社
佐喜真淳氏と玉城デニー氏の間で終盤まで激戦が伝えられた知事選。選挙後には辺野古新基地建設の是非を問う県民投票が控える (c)朝日新聞社
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 政権が推す佐喜真淳氏と前知事の遺志を継ぐ玉城デニー氏が激突した選挙戦。本当に「分断」したのは沖縄の人たちではなく、沖縄と本土の関係だ。

「沖縄県知事選挙を、民意の分裂とは言いたくない」

 そう訴える川平朝清さん(91)の祖父は、明治政府から東京移住を命じられた琉球最後の国王に従った。川平さん自身も1972年の沖縄返還に伴い、ワンダリー夫人、息子のDJジョン・カビラさん、俳優の川平慈英さんとともに移住し、人生の過半を東京、横浜で過ごした。

 川平さんは、知事選で浮かび上がった分断は沖縄の人々の意思によるものではなく、広大な基地の存在が強いたものだと考えている。

「沖縄本島の米軍基地を東京23区に重ねると、11区を占めるんですよ。東京の人は70年以上も耐えられますか」

 二つに割れたように見える沖縄を、「本土」から見つめる出身者たち。その中から新しい動きが生まれている。

 知事選投開票5日前の9月25日。東京都小金井市在住の米須清真さん(30)が提案した陳情が、同市議会で採択された。辺野古新基地建設は中止する。米軍普天間飛行場の代替施設建設地は、沖縄以外の全自治体を対象に再検討する。そう政府に求める内容だ。米須さんは「この成果を沖縄の有権者に届けたい」と話す。

 新基地建設を止められず、沖縄の人たちに政治への脱力感が広がっていると感じた。「未来は自分たちの手の中にあるという希望を沖縄社会に取り戻したい」と考え、これまで政治活動をしたことはなかったが、一人で市議会全会派を訪ねて「辺野古」の不条理を説いた。

 米須さんを駆り立てたのは、本土で直面したギャップだ。

 大学進学のため20歳で沖縄を離れた。「オスプレイってかっこいいよね、沖縄に帰省したとき写真撮ってきて」。学生時代、友人に頼まれ絶句した。

 前の職場の退職時。別の部署の上司からこう言われた。

「仕事辞めたらどうするの? 辺野古に行って左翼運動したら日当もらえるから、やったらいいじゃん」

 悔しさが募った。沖縄で起きていることが本土で全く共有されていないと痛感した。ウチナーンチュとして自分に何ができるか考えるようになった。

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渡辺豪

渡辺豪

ニュース週刊誌『AERA』記者。毎日新聞、沖縄タイムス記者を経てフリー。著書に『「アメとムチ」の構図~普天間移設の内幕~』(第14回平和・協同ジャーナリスト基金奨励賞)、『波よ鎮まれ~尖閣への視座~』(第13回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞)など。毎日新聞で「沖縄論壇時評」を連載中(2017年~)。沖縄論考サイトOKIRON/オキロンのコア・エディター。沖縄以外のことも幅広く取材・執筆します。

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