小説を書いている時は、本当に楽しい時間と笑う。「夫の死が、小説を書くという強いモチベーションになりました」(若竹さん)(撮影/写真部・小原雄輝)
小説を書いている時は、本当に楽しい時間と笑う。「夫の死が、小説を書くという強いモチベーションになりました」(若竹さん)(撮影/写真部・小原雄輝)

 芥川賞作家の若竹千佐子さんは、創作には孤独が必要だと語る。夫を亡くしたことで自身が向き合った孤独について、こう明かす。

 55歳の時、30年近く連れ添った2歳年上の夫を突然、脳梗塞で亡くした。

「大好きでしたので、ただただ悲しみました」

 小説『おらおらでひとりいぐも』(河出書房新社)で今年、芥川賞を受賞した若竹千佐子(64)は振り返る。

 しかし、夫が亡くなった時、喪失感と同時に解放感を覚える自分がいたという。小説を書く時間を得た喜びのようなものがあった、と。

「創作って、孤独が必要なんですよね」

子どものころから本が大好きな文学少女で、どうしても小説を書きたいという思いが強かった。しかし、結婚すると子どもや夫のことを優先させる日々で、自分と向き合う時間を持てなかった。それが、夫が亡くなり1人になったことで、気がついた。寂しくて仕方がなかったが、自立したいという思いを夫がかなえてくれたのではないか、と。

「小説を書きたいということを、結婚した当初から夫に言っていました。そのため夫が私に自由をくれたんだと思えて。だから私は、それに応えなければならない、どうしても小説を書かなければいけないと思ったんです」

 夫の死から約2カ月後、長男の勧めもあり小説講座に通うように。そこで小説の書き方を学び、初めて完成させた小説で文藝賞を取り、続いて芥川賞を受賞した。

 小説のタイトルは、故郷・岩手出身の宮沢賢治の詩「永訣(えいけつ)の朝」の中の言葉。「おらはおらに従う」との思いを込めた。

 振り返ると、自分は古い価値観の中で生きてきた人間だったという。夫は優しい人だったが、常に自分は夫を立ててきた。それが、50歳を前に手にした上野千鶴子の『家父長制と資本制』によって、固定観念のようなものが自分を縛り苦しめてきたのだとわかった。同書は、近代資本制社会に特有の女性の抑圧構造を論じた書。抑圧されていたカラクリがわかり、私は自由なんだ!──という発見があった。

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野村昌二

野村昌二

ニュース週刊誌『AERA』記者。格差、貧困、マイノリティの問題を中心に、ときどきサブカルなども書いています。著書に『ぼくたちクルド人』。大切にしたのは、人が幸せに生きる権利。

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