羽生のスケート人生は、けがや病気との闘いだった。ぜんそく持ちで薬が手放せず、14年ソチ五輪後も発作が出ることがあった。食が細く、風邪を引きやすい。両足首、股関節、左ひざだけでなく、背中や首も痛めたことがある。

 けがや病気を避けるために、羽生は練習時間を短くした。週に4日か、多くても5日。氷上練習は2時間程度だ。日本の他の選手が、週6や7日、1日に4時間前後も滑るのと比べると短い。

 その分を「研究」で補った。成功するジャンプに共通する体の動きなどを「最大公約数」と呼び、ノートに書き留めてきた。

「どこがだめだったのか、どこが良くて跳べたのか。そこをどんどん突き詰めて、自分の理論を確立させる。絶対見つけなきゃいけないポイントみたいなものが見つかってくる」

 と羽生は語った。平昌五輪前は、右足首を捻挫して約2カ月間休み、本番までの練習期間は1カ月ちょっとというなかで金メダル。一定期間、休んだとしても、短い期間で休養前の感覚を取り戻せるのは、短い練習時間でいいパフォーマンスをするための取り組みをしてきたからだろう。

 日本のスポーツは、長時間練習を美徳としてきた。スポーツの世界だけではない。何か一つのことに長い時間を費やすことを、日本人は尊ぶ。

 長時間の努力が良い成果をもたらすことは、もちろんあるが、負の側面も語られる。日本の長時間労働は、悪い面の一つだろう。社会が、滅私奉公できる人材を求め、部活のようなスポーツも、そんな社会が求める人材を生産していた側面がある。

しかし現代は、短い時間で大きな成果を上げる効率の良さや、他と違う価値を生み出すことが求められるようになってきた。部活動でも、練習時間を短くしたうえで成績も求める選手やチームが出始めている。

 氷の上での練習が短い点は、世間の評価や物差しにとらわれない羽生なりの取り組みだと言える。研究や工夫をすることで、時間の短さを補うことができるという、日本のスポーツや社会の新しい流れを、羽生は体現した。(文中敬称略)(朝日新聞オピニオン編集部・後藤太輔)

AERA 2018年7月23日号より抜粋

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