最終的に技術担当副社長とわたしが呼ばれ、「ソニーさんの機械はようできとるな。でも、うちのもいいな」。VHSでいく。そう告げられました。録画時間を延ばしやすいなど技術の発展性に優れ、欧米と競争するにも有利だと判断したからでしょう。わたしは松下幸之助の「最後の弟子」ですから、都合よく受け取ったかもしれませんが。



 しばらくして、また呼ばれました。「ソニーさんのテープもかかる機械ができないか」。かなり精密で複雑な機械になります。「無理です」と返しました。だけど1カ月後、また同じことを聞かれます。返事も同じ。「やっぱり無理か……」。幸之助さんが好んだ言葉に「共存共栄」があります。業界は競争しても仲よく。決断できたのは、会議などでよく口にした言葉「素直な心」でしょう。みずからの欲や得から離れ、我を抑えて冷静に物事を見ることを指します。

 86年、社長を拝命した直後のこと。ご挨拶にうかがったら、「思い切ってやれ」と言った後に「間違ったと思ったら素直に謝って直せばええからな」。ここでも「素直」です。豊臣秀吉やナポレオンの晩年の失敗を「怖い人がいなくなったから」と評したこともあります。立場が上がるほど、責任が重くなるほど、みずからを律して謙虚に──。

 幸之助さんには仕事への厳しさと人への配慮が渦巻いていました。仕事でいい商品をつくって人に喜んでいただく。配慮は人をやる気にさせる。いまになって心にしみます。
(構成/ジャーナリスト・大竹哲也)

AERA 6月18日号