「けっして神様ではない」松下幸之助の「最後の弟子」が見た苦しみと悩み (2/2) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)
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「けっして神様ではない」松下幸之助の「最後の弟子」が見た苦しみと悩み

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大竹哲也AERA

谷井昭雄(たにい・あきお)/1928年、大阪府出身。56年、松下電器産業(現パナソニック)に入る。86年2月に社長、93年2月に相談役。「幸之助さんには、いちばんものが言いやすかった」(撮影/松永卓也)

谷井昭雄(たにい・あきお)/1928年、大阪府出身。56年、松下電器産業(現パナソニック)に入る。86年2月に社長、93年2月に相談役。「幸之助さんには、いちばんものが言いやすかった」(撮影/松永卓也)

相談役に退いた松下幸之助さん(右)が1978年5月にビデオ事業部の岡山工場を視察。事業部長の谷井昭雄さん(左)が案内した(写真:パナソニック提供)

相談役に退いた松下幸之助さん(右)が1978年5月にビデオ事業部の岡山工場を視察。事業部長の谷井昭雄さん(左)が案内した(写真:パナソニック提供)

 最終的に技術担当副社長とわたしが呼ばれ、「ソニーさんの機械はようできとるな。でも、うちのもいいな」。VHSでいく。そう告げられました。録画時間を延ばしやすいなど技術の発展性に優れ、欧米と競争するにも有利だと判断したからでしょう。わたしは松下幸之助の「最後の弟子」ですから、都合よく受け取ったかもしれませんが。

 しばらくして、また呼ばれました。「ソニーさんのテープもかかる機械ができないか」。かなり精密で複雑な機械になります。「無理です」と返しました。だけど1カ月後、また同じことを聞かれます。返事も同じ。「やっぱり無理か……」。幸之助さんが好んだ言葉に「共存共栄」があります。業界は競争しても仲よく。決断できたのは、会議などでよく口にした言葉「素直な心」でしょう。みずからの欲や得から離れ、我を抑えて冷静に物事を見ることを指します。

 86年、社長を拝命した直後のこと。ご挨拶にうかがったら、「思い切ってやれ」と言った後に「間違ったと思ったら素直に謝って直せばええからな」。ここでも「素直」です。豊臣秀吉やナポレオンの晩年の失敗を「怖い人がいなくなったから」と評したこともあります。立場が上がるほど、責任が重くなるほど、みずからを律して謙虚に──。

 幸之助さんには仕事への厳しさと人への配慮が渦巻いていました。仕事でいい商品をつくって人に喜んでいただく。配慮は人をやる気にさせる。いまになって心にしみます。
(構成/ジャーナリスト・大竹哲也)

AERA 6月18日号


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