一志治夫(いっし・はるお)/1956年、長野県生まれ。「月刊現代」記者などを経て、『たった一度のポールポジション』でノンフィクション作家としてデビュー。『狂気の左サイドバック』で第1回小学館ノンフィクション大賞受賞。主な著作に『失われゆく鮨をもとめて』『幸福な食堂車』など(撮影/写真部・小原雄輝)
一志治夫(いっし・はるお)/1956年、長野県生まれ。「月刊現代」記者などを経て、『たった一度のポールポジション』でノンフィクション作家としてデビュー。『狂気の左サイドバック』で第1回小学館ノンフィクション大賞受賞。主な著作に『失われゆく鮨をもとめて』『幸福な食堂車』など(撮影/写真部・小原雄輝)

『旅する江戸前鮨「すし匠」中澤圭二の挑戦』は、天才鮨職人・中澤圭二のあくなき挑戦を15年以上にわたる取材の蓄積から描いた一冊だ。著者の一志治夫さんに、同著に寄せる思いを聞いた。

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 モイの握り白板昆布のせ、オノの昆布締めの握り、チェリーストーンクラムの握り……。常夏の島ハワイの「すし匠ワイキキ」では、日本ではお目にかかることができない江戸前鮨が味わえる。

 これらの鮨を握るのは、職人たちが選ぶ最も尊敬する鮨職人のアンケート1位に選ばれ、四ツ谷「すし匠」であまたの食通たちをうならせてきた中澤圭二さんだ。

 なぜハワイ? なぜなじみのない現地の鮮魚を使って?

 中澤さんの選択に、誰しも首を傾げたことだろう。その答えにつながるヒントを、本書の著者であるノンフィクション作家の一志治夫さんは7年も前に示していた。

<中澤は、50歳での引退を目指しているのだという。あと2年足らず。しかし、実際には、中澤圭二は、職人を辞めず、形を変えて商売を続けている気がする。そんなに簡単に、鮨バカが、大好きな鮨と仲間を捨てられるはずもないのである>(本誌、2011年7月4日号)

 一志さんの予言通り、中澤さんは50歳になる直前に引退を撤回し、海を渡った。

「中澤さんは、借金までして弟子を連れて鮨を食べ歩いていた人です。今も旅行先で必ず鮨屋に行くほどの『鮨バカ』で鮨以外に興味がない。僕が知る限り、こんなに自分の『仕事』が好きで好きで仕方ないって人は、中澤さんとサッカーの三浦知良さんくらい。でもまさかハワイとは思わなかったけど(笑)」(一志さん)

 たまたま中澤さんの鮨を求める人がハワイにいた。そこで出合った一筋縄ではいかない素材と格闘し、時に翻弄され、それでもお客さまが食べて「幸せ」を感じられるような鮨を追求することに、職人魂の火が再びついた。

「江戸前の技法とは、生よりもおいしくする究極の技法です。よりおいしくするためにひと手間かける。そこがネタだけで勝負する海鮮との大きな違いです。江戸前鮨の一流の職人である中澤さんだからハワイで成功できたのです」

 江戸前鮨の誕生から約200年。時代の移り変わりとともに進化を遂げてきた。

「中澤さんが歩いてきた道は、鮨の改革であり歴史そのもの。だから記録しておきたかった。ハワイでこれだけのクオリティーなら、どこでもできる。江戸前の技法をもってすれば世界の魚を制することができるということを証明しました。中澤さんなら、近い将来、スペインのイビサ島あたりでヨーロッパの魚を使って鮨を握っているかもしれませんよ」

(編集部・三島恵美子)

※AERA 2018年6月11日号

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三島恵美子

三島恵美子

ニュース週刊誌「AERA」編集部で編集や記事執筆、書評欄などを担当。書籍の編集も多数経験。

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