合唱は舞台上で観客を演じ、実際の観客と真正面から対峙し、時に盛大なブーイングを叫ぶ。右派と左派、保守と革新、正義と悪。こうした構図がいとも簡単に入れ替わってしまう現代という時代をこそ、カタリーナは活写したのである。ワーグナーの「遺産」を継ぐという宿命とともに生まれた彼女が証明しようとしたのは、芸術は「権威」を壊すことによってはじめて伝統となり、未来へ受け継がれてゆくものだ、というパラドックスに満ちた真理だった。

「私たちが『権力』と思いこんでいたものがあっさりそうでなくなったり、政治家の移ろいやすい気分に国と国との関係が左右されたり。そんなことが普通に起きる今という時代への意識から今回のコンセプトが生まれた」とカタリーナは言う。

 バイロイトで長年アシスタントを務め、ワーグナーに指揮者人生を捧げてきた芸術監督の飯守泰次郎にとっても、カタリーナとの共同作業は、4年に及ぶ新国立劇場での日々の集大成。周囲に迎合せず、自ら評価を下す成熟した観客がこの劇場で育つように。今回のプロダクションには、そんな飯守の渾身のメッセージも託されている。

「結末は書かないで。見てのお楽しみ」とカタリーナ。「誰もが明快に理解できてしまう演出なんて、電化製品の仕様書と同じ。結末をはっきりさせない演出こそが、時代の真実を映すのだと私は信じます。観客が『この先』を想像するための、自由と余韻を残す演出が」

(文中敬称略)(朝日新聞文化くらし報道部・吉田純子)

AERA 2018年5月28日号