稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。著書に『寂しい生活』『魂の退社』(いずれも東洋経済新報社)など。『もうレシピ本はいらない 人生を救う最強の食卓』(マガジンハウス)も刊行
稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。著書に『寂しい生活』『魂の退社』(いずれも東洋経済新報社)など。『もうレシピ本はいらない 人生を救う最強の食卓』(マガジンハウス)も刊行
使い切れなかったカブを干す、の図。ベランダのザルに放置するだけだがこれでなんとかなってしまう(写真:本人提供)
使い切れなかったカブを干す、の図。ベランダのザルに放置するだけだがこれでなんとかなってしまう(写真:本人提供)

 元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。

【写真】使い切れなかったカブを干している様子

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 先日の朝日新聞に、冷蔵庫の片付けを勧める記事が掲載されていました。「健康につながり、食材の無駄をなくせます」と。まず中身を出して賞味期限を調べ、冷凍庫に長期間保存してある自家製ソースなどを処分。次に庫内を掃除。歯ブラシやタオル、漂白剤などを使って拭く。そして再収納。すぐ食べるもの、急がないものを区別して整理する。こうして何がどこにあるか一目でわかれば食材を腐らせることもなくなり、食事の支度の時間も短縮できる。

 と、書いてありました。

 全くもってごもっともなんですが、実はこれ、冷蔵庫がなければ解決できることばかりです。基本、その日に食べるものはその日に買うのでいつ入れたか忘れてしまうことがそもそもない。食べきれなかった野菜は目の前のカゴやベランダに干してあるので何がどこにあるのかも必然的に一目でわかります。となると、まさに「食材を腐らせることもなく食事の支度時間も短縮」できるのです。

 節電生活の中でも「冷蔵庫がない」というのが最も驚かれるのですが、やってみるといいことのほうが断然多かった。なかでも、ものを腐らせないというのは最大の利点でした。考えてみればものすごく皮肉です。だってものを腐らせないために冷蔵庫があるのだから。なので、今となっては冷蔵庫は私にとって「謎の家電ナンバーワン」です。

 思うに、冷蔵庫は人生を複雑にするんですよね。それは、冷蔵庫の中には欲が詰まっているからです。あれも食べたいこれも食べたい。でも実際に食べられるものは限られていて、一時の欲はいつの間にか忘れ去られ、腐り……という無限ループ。そうこうするうち自分が本当は何をしたいのかがわからなくなる。ここをちゃんと制御できる人(冷蔵庫を整理できる人)は問題ないんでしょうが、私には無理だった。なので冷蔵庫をやめて強制的に欲望を制御されスッキリ。冷蔵庫は私の人生を腐らせていたのです。

 その意味では、冷蔵庫とはなかなかに危険な装置なのではないでしょうか。

AERA 2018年5月21日号

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稲垣えみ子

稲垣えみ子

稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

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