「不確実な未来をすぐに判断できるのは、彼が本質を理解しているからです。ビルが林立し車が行き交い、多くの人が暮らす都市部の環境や安全面を考えれば、空飛ぶ自動車が渋滞解消の主流になるはずはない。ところが、日本はコモンセンスのある人が少なく、学生はおろか社会人まで『空飛ぶ自動車、いいですね』と言いだしそうな雰囲気ですよ」(茂木さん)

 この致命的なちぐはぐさは、どう解消すればいいのか。

「考える力を育てることです。世界で求められているのは、英語でホテル予約や料理を注文する能力ではなく、深く思考し理論を組み立てる力です。BBCのインタビュー番組『ハード・トーク』を見るのでも、プラトンの『饗宴』を読むのでもいい。感情に訴えたり、勝ち負けを断じたりするのではなく、響き合うような深い議論があることを知ってほしい」(同)

「ポスト・トゥルース」(脱・真実)を、オックスフォード英語辞典がその年を代表する言葉として選んだのは2016年。客観的事実より、個人の感情に訴えたほうが強い影響力を持ち、事実を軽視する気配は、いまも社会に漂っている。

 昨年新装版が発行され、原作が50万部、漫画版が200万部を超える大ベストセラーになっている吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』に、こんな一節がある。

「人間が自分を中心としてものを見たり、考えたりしたがる性質というものは、これほどまで根深く、頑固なものなのだ」
「たいがいの人が、手前勝手な考え方におちいって、ものの真相がわからなくなり、自分に都合のよいことだけを見てゆこうとするものなんだ」

 共感が日本人の美意識という文化の領域だとしたら、論理的思考や哲学は文明の領域だという。このまま文明は衰退していくのか。

「言葉には共感以外の使い方があります。この本が再び注目されるということは、社会が文明に飢え、回帰しつつあるということかもしれません」(茂木さん)

(編集部・澤志保)

AERA 2018年4月16日号より抜粋