笠井潔(かさい・きよし)/1948年、東京生まれ。79年にデビュー作『バイバイ、エンジェル』で角川小説賞受賞。『サマー・アポカリプス』『哲学者の密室』『テロルとゴジラ』など小説から評論まで著書多数(撮影/写真部・小山幸祐)
笠井潔(かさい・きよし)/1948年、東京生まれ。79年にデビュー作『バイバイ、エンジェル』で角川小説賞受賞。『サマー・アポカリプス』『哲学者の密室』『テロルとゴジラ』など小説から評論まで著書多数(撮影/写真部・小山幸祐)

 私立探偵飛鳥井シリーズが14年ぶりに復活した。新作『転生の魔 私立探偵飛鳥井の事件簿』では、私立探偵の飛鳥井が一人の女の捜索依頼を受けて43年前の事件を探るうちに、現代日本の病巣とつながった犯罪に直面する。作者の笠井潔さんに「笠井小説の世界」について、話を聞いた。

 笠井潔さんはミステリー、ハードボイルド、SFなど多彩なジャンルの小説を手がけ、また政治・思想状況を論じる批評家としても活躍している。本書は、14年ぶりとなる私立探偵飛鳥井シリーズの新作であり、本格ミステリー&ハードボイルド&社会批評を盛り込んだ長編小説である。

 私立探偵飛鳥井のもとに奇妙な依頼が来る。それは2015年の夏、安保法案強行採決に抗議する国会前の群衆のなかにいた女性の捜索であった。彼女は1972年、学生サークル・東アジア史研究会の会合の場から失踪したまま消息不明。国会前の動画に映っていた彼女の姿は72年当時と瓜二つだという。あの年、何が起こったのか。飛鳥井は関係者を訪ね歩くが……。

「今とあの時代を俯瞰して視界に収めた話は今回が初めてです。私立探偵小説としてはかなり不自然なところもありますが、時間的切迫感もあって今書いておかなければと思ったのが一つ。もう一つは、2011年のアラブの春に始まり、アメリカのウォールストリート占拠、スペイン、ギリシャ、日本の反原発へと続く大衆反乱が1968年の世界性に通底していることです。それを小説でやってみようと」

 物語は女性の消失をめぐる謎と複雑に絡み合う人間関係の解明を通して、差別糾弾と武装闘争へと傾斜する新左翼運動、革命と宗教とテロリズム、高齢社会と引きこもり等々、戦後社会がもたらした矛盾と暗部を照らし出す。主人公もいわゆる名探偵ヒーローではない、世俗にまみれ葛藤する等身大の男である。

「このジャンルで代表的なのがチャンドラーですが、僕は嫌い。むしろチャンドラーよりも先に書いていたダシール・ハメットに惹かれます。彼は(赤狩りの)米下院非米活動委員会によって摘発され50代で刑務所に入った作家です。ハメットがつくったのがハードボイルド小説で、私立探偵という存在そのものが社会批判であるべきという考え方。そういう小説を書きたかった。(主人公は)作者とともに年をとるということで60代に設定しました」

 笠井さんは新左翼党派の活動家として68〜72年の激動期を過ごし、総括を含めた論考を『テロルの現象学』で提起した。本書でも2015年の政治状況を物語に織り込むことで時代を相対化してみせる。そして意表を突く本格派ミステリーと哲学的考察を併せ持つ醍醐味。笠井小説の豊潤な世界がここにある。(ライター・田沢竜次)

AERA 2018年2月26日号