調査結果を発表した1月22日の会見では「助教は『論文の見栄えをよくしたかった』と言い、調査結果がはっきりした段階で不正を認めた」とした。

 学術データベースで見ると、助教は、大学院在籍時から多くの論文を発表、引用された数も少なくなかった。接触した大学関係者の中には「なかなか優秀」と評価する人もいた。しかし、このような不正が明るみに出れば、もう研究の世界で生きていくことは難しい。

 iPS細胞研では、約300人が働いている。その9割ほどが任期のある非正規雇用である。いろいろな競争資金が一定期間入るのに合わせて、研究プロジェクトが立ち上がり、参加する研究者が入所。助教もその枠で、この3月が期限だったという。

 だが、文部科学省のホームページで公開された「不正事案」によると、むしろ研究室主宰者の成果至上主義やずさんな研究プロセスが原因の場合が多く見られる。もちろん助教は過当競争などのために、不正をも否定しない成果主義的傾向に煽られたのかもしれず、過去の業績も調べ直す必要があるだろう。

 ショックを受けたのは、不正行為を防止しようと熱心に動いてきた山中所長だろう。iPS細胞を作り出す直前、韓国で捏造事件があったことに注目、細心の注意を払ってきた。iPS細胞研ができてからも、3カ月に1度実験ノートを提出させ、生データもチェックできるようにした。記者会見で「不正を防ぐことができず、所長として非常に強く後悔、反省をしております。やってきたことは不十分だった」と苦渋の表情で語った。

 これで、iPS細胞研は傷ついただろうか。いや、研究不正がすぐに判明し、適切な手が打たれることは、信頼をさらに高める。山中所長は不正論文になんの関与もなく、辞任も不必要だろう。任期付きポストで追い立てる今の環境の問題点は大きく、むしろ研究資金の「選択と集中」に若手が右往左往しないゆったりとした研究環境が必須だという指摘が響くのだ。(科学ジャーナリスト・内村直之)

AERA 2018年2月5日号