この大村のスタイルはどう培われたか。大村が微生物の可能性に開眼したのは、1963年に母校の山梨大学の発酵生産学科(当時)の助手に採用された時だ。地元甲州の地場産業はワイン醸造。ブドウ糖は酵母の働きによって発酵し、たった一晩でアルコールに分解されている。「とても人にはまねできない。微生物の力に自分の学んだ化学を融合させれば、進んだ研究ができるのではないか」。そう考えついたのが原点だ。

 微生物は、何万年、何億年前から、人間に有用な化合物を創っていた。「それを発見しただけで自慢にならない」と思っていた大村は、2004年にガーナを訪れた際に、オンコセルカ症は致死的な病気でなくても、感染して盲目になった人の生活の質が台なしになることを実感した。「それを見つけられて心底良かったと思えた」

 実は大村が目指した天然物由来の「有機化合物」は、創薬の王道として知られる。1945年にノーベル医学生理学賞を受賞したフレミングは、青カビ(真菌の一種)から、世界初の抗生物質ペニシリンを発見。後に豪の学者フローリーと英のチェーンによって単離・精製されて、肺炎や梅毒など多くの感染症に用いられた。その後、結核の特効薬となったストレプトマイシンも放線菌の代謝物から発見されたもの。発見者のワクスマンも52年にノーベル賞を受賞した。

 放線菌の2次代謝産物からは数多くの抗生物質や工業的に重要な物質が見つかっており、新規の微生物代謝産物のなんと約7割は放線菌から発見されていると言われるほど、有用な微生物資源なのだ。(文中敬称略)

(ジャーナリスト・塚崎朝子)

AERA 2018年1月29日号