京都在住のジュエリー作家が作り出す「創意素食」。台湾の精進料理をベースにした、アートと食の融合だ。
テーブルには、工芸品のような料理が並んでいた。いか、サーモン、あわび、からすみ、東坡肉(トンポーロー)、鶏の串焼き……。海の幸、山の幸の饗宴は眼福、口福そのものである。が、実はこれらはすべて、植物性の材料をもとにした「もどき」。
「いかはナタデココ、サーモンとあわびはこんにゃく、からすみはニンジン、東坡肉は車麩で、鶏肉は大豆ミート。手の内を明かすと、みなさん驚かれます」
そう笑うのは、京都を拠点にジュエリー作家として創作活動を行う松永智美さんだ。松永さんの手が生み出す「創意素食」は、まさしくジュエリーのように細やかで、ポップな色と形、遊び心に満ちている。
「見立ての妙」があふれる松永さんの料理は、精進料理の中華版である「素食(スーシー)」がベースになっている。肉や魚介だけでなく、動物由来の油、卵、乳製品は一切使わない。
精進の制約を逆手に、アートとイートを融合させる。その面白さに開眼したのは6年前、台湾で料理修業をした時だった。
「台湾は、私の母が戦前に暮らしていた土地。その縁で、家族の食卓には、台湾の家庭料理が並ぶことが多かったのです。還暦を前にした時に、一度、母の思い出の地できちんと料理を勉強しよう、と思い立ったことがきっかけでした」
松永さんの母、ユリさんは戦後、京都の町でいち早く現代アートのギャラリーを開いた先進的な女性だった。1970年代には、美術館エリアの岡崎でギャラリー併設のカフェ「ラ・ヴァチュール」を開店。当時珍しかった「タルトタタン」を、独自のレシピでメニューに加え、大いに評判を呼んだ。
2014年にユリさんが96歳で亡くなった後、カフェはタルトタタンとともに、松永さんの娘である若林麻耶さんが受け継いでいる。
「母娘3代で、食いしん坊なのです(笑)」(松永さん)