稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年、愛知県生まれ。元朝日新聞記者。著書に『魂の退社』(東洋経済新報社)など。電気代月150円生活がもたらした革命を記した魂の新刊『寂しい生活』(同)も刊行
稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年、愛知県生まれ。元朝日新聞記者。著書に『魂の退社』(東洋経済新報社)など。電気代月150円生活がもたらした革命を記した魂の新刊『寂しい生活』(同)も刊行
インプラントの分厚い説明資料に、失われた歯の重みを知る(写真:本人提供)
インプラントの分厚い説明資料に、失われた歯の重みを知る(写真:本人提供)

 元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。

【稲垣さんが歯の重みを知ることとなった「インプラントの分厚い説明資料」】

*  *  *

 やたらと健康に気を使っているアフロですが最大の弱点は「歯」。最初のつまずきは新聞記者時代、全く記事が書けず悩みまくっていたところへ原因不明の強い歯痛に襲われたことでした。幸い数週間で痛みは引きホッとしていたのですがなんと先日、恐れていたそれが再発したのです。

 日に日に状態は悪化、そーっとしか噛めないし、睡眠中も歯が当たるたび激痛で飛び起きる。さすがにヤバイと歯医者に片っ端から電話すると、週末でしたが「それは大変」と診てくれるところが見つかり、薬で痛みを抑えさせてもらいました。地獄に仏です。

 原因として疑われたのは、虫歯で抜いたままにしていた歯の欠損でした。噛み合わせが崩れ、過剰な負担を引き受けた歯が弱っているのではというのです。入れ歯を入れる手もあるが、それだと今度は金具を引っ掛けた歯に負担がかかる。最善はインプラントだが、それには50万円かかると。

 ハッとしました。もしや私……いま命の淵に立ってる?

 だってあの激痛が戻ってきたら、いつ衰弱して死んでもおかしくないよ。食べられない眠れないって紛れもなく拷問です。毎日が流動食では栄養にも限界がある。村上龍氏の近未来小説に、入れ歯の発明が人の寿命を飛躍的に延ばしたと書いてあったことを思い出しました。

 そうなんだ。入れ歯もインプラントもない時代だったなら、今が私の寿命だったのかもしれない。いや現代だって医療が発達した国に暮らしていなければ、そしてその治療を受けられるお金がなければどうなるかわかりません。

「人間50年」と織田信長が言ったのは案外とリアルです。これからは、先端技術の恩恵を受けてなんとか生かさせていただく身の上になるのです。いわば余生です。

 粛然とした気持ちになります。与えられた命はもはや私だけのものではないと考えねばならないのではないでしょうか。そして、そう思うと案外爽やかなのです。もっと真面目に生きようと、ちょっと背筋を伸ばしました。

AERA 2017年11月27日号

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稲垣えみ子

稲垣えみ子

稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

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