芦花ホームの食堂に入居者が集まってきた。石飛幸三さんが終末期医療への問題を問うた『「平穏死」のすすめ』はベストセラーになった(撮影/編集部・澤田晃宏)
芦花ホームの食堂に入居者が集まってきた。石飛幸三さんが終末期医療への問題を問うた『「平穏死」のすすめ』はベストセラーになった(撮影/編集部・澤田晃宏)
芦花ホームを訪れた日は文化祭が開かれていた。入所者だけではなく、訪問看護を利用する高齢者の写真も展示されていた(撮影/編集部・澤田晃宏)
芦花ホームを訪れた日は文化祭が開かれていた。入所者だけではなく、訪問看護を利用する高齢者の写真も展示されていた(撮影/編集部・澤田晃宏)

 高齢化に伴う「多死社会」を迎え、終末期医療に関する議論が活発化している。自らの意思を明らかにしたい。自然に逝きたい。体制整備が始まっている。

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 東京都世田谷区にある特別養護老人ホーム「芦花ホーム」に足を運んだ。入所者の平均年齢は約90歳。9割は認知症。入所者約100人のうち、1年間で3~4割はホームで亡くなるか、病院に運ばれる。

 常勤配置医の石飛(いしとび)幸三さん(82)は2005年に初めてホームを訪れ、胃ろうや経鼻胃管から経管栄養を受ける16人の姿にショックを受けた。一日でも長く生きてほしい。家族の思いは理解できる。ただ、寝たきりで寝返りも打てず、ほとんど話すこともできない。管につながれ自分の現状すら認識できない状態は、彼らの本意なのか。

 着任して間もない頃、考えを変えるきっかけになった夫婦に出会った。認知症の80代の妻が誤嚥性(ごえんせい)肺炎になり、提携先の病院に入院した。「胃ろうをつけるしかない」と話す病院の医師に向かって8歳年下の夫は、

「自分のこともわからなくなった女房を胃ろうで生かし続けるなんて、かわいそうでできない」

 医師は「餓死させることになる。保護責任が問われる」と迫ったが、夫は頑として聞かなかった。石飛さんが「責任はとる」とホームへ連れ帰った。

 ホームに戻ってからは、夫が自ら食事の介助をした。朝は無理に起こさない。食べ物を欲しがらなければ、無理に食べさせない。1年半後、ついに何も食べなくなった。眠る時間が長くなり、ホームで最期を迎えた。

 石飛さんは言う。

「食べないから死ぬのではなく、死ぬのだから食べない。それが本当に本人を尊重すること。食わなきゃ自然の麻酔がかかって気持ちよく眠る。死ぬことは怖くない。俺たちはいつまでも生きやしない。自然の掟(おきて)に従わないといけない」

 それ以降、自然な看取(みと)りを目指すようになった。すべての入所者に意思確認書の記入も求めた。救急等で病院に運ばれる際、適切な対応をとるためだ。例えば「老衰で最期を迎える事態になったと思われる時」という問いには、次の三つの選択肢を用意している。1.苦痛なく自然に最期を迎えることを第一と考える。2.できるだけ医療措置を受けて、一日でも長く生きていることを望む。3.どちらとも言えない、だ。

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