「世のシステムに歯車として組み込まれることへの抵抗や不安、現実の世界とは別の反世界を求める気持ちの受け皿として、村上春樹があるのでは。当初こそ若者に熱狂的に受け入れられましたが、いまや中高年から若者まで届く、長い射程を持った稀有な作家です」

 世界で村上春樹はどう読まれているのか。

 英語での翻訳を複数手がけてきたのがハーバード大学のジェイ・ルービン名誉教授だ。修士時代、同教授のもとで村上春樹研究をしていたマシュー・チョジックさん(36)は10年前、研究のため来日。NHKのラジオ番組「英語で読む村上春樹」で講師を務めたこともある。

「受賞したら嬉しいけど、遠い存在になってしまうようで寂しい。毎年この時期は村上春樹さんに関連する取材を受けることが多いので、お祭りのように楽しんでいます」と語った。

「僕がいちばん好きなのは、最初に読んだ『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』。ロックなのに哲学的、アウトサイダーっぽさがあるのに社会性もあり、サイケデリックなのに読みやすい。相反するものがたくさん共存している。なんだこれは、って衝撃を受けました」

 そう村上ワールドを評価しつつも、ノーベル賞についてはこう話す。

「個人的には、ノーベル賞って正直、ちょっとダサい。選考委員は白人男性が多くて高齢の権威者ばかり。ましてや日本文学を日本語で読んだことのある人もいないでしょう。(受賞者の)チョイスで時代を表現しようとするような姑息さも感じます」

 また、前出の権さんによれば、中国や台湾、韓国では、ひとつのファッションとして捉えられている向きが強いという。

 台湾には「海辺のカフカ」や「ノルウェイの森」を意味する名前のカフェがあるほどで、おしゃれなスポットとして若者に人気だそうだ。書店には大きなコーナーが常設し、新刊の発売日には日本と同じくタワーのように山積みされる。韓国でも、ドラマのなかの会話やCMのモチーフに作品が登場するという。

「2012年に中国で反日運動が高まったときは、書店の本棚から村上作品が一時なくなるということもありましたが、政治的に利用されるのは残念なこと。読者は『日本的なもの』というよりも『都市的なもの』として楽しんでいる人が多いです」(権さん)

 さて、来年以降も狂騒は続くのか。カズオ・イシグロの受賞で村上の受賞がさらに遠のいたという声もある。だとすれば、いっそのこと受賞の思惑など捨て去って、純粋に作品世界を楽しもうではないか。(文/編集部・高橋有紀 澤志保 )

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