「盗難直後はユースホステルに泊まりましたが、やっぱり現地の人と触れ合いたくなってしまって、ネットの民泊サイトでホストを探すようにしてからは怖いこともなく、ホストと一緒に山に登ったり、キルギスでは空港の職員と知り合い、奥さんの実家がある放牧民が住む田舎に連れて行ってもらったり、楽しいことばかりでした」

●「僕は『遣唐使』」

 実際に、林さんの作った郷土菓子を試食してみた。

 味も使われている材料も想像できないまま、口に運んでみると、どれも驚くほど味わい深い。チュルチヘラはムニュッとしたグミのような食感とローストされた香ばしいクルミの歯ごたえが楽しい。シェチェルブラは、サクッとした生地の中に、ザクザクした粗糖と砕いたクルミがみっちり詰まっていて、カルダモンの香りが鼻をくすぐる。ジートはかめばかむほど、こってりした甘みと穀物の滋味深さが心を和ませてくれる。

 日本は明治以降、世界の料理を貪欲に取り入れてきた。しかし、洋菓子は、いまだフランス菓子が中心だ。目の肥えた老舗デパートの顧客も魅了する世界の郷土菓子。グローバル化とネット通販が進み、簡単に海外の商品も手に入るようになった現代だからこそ、町の歴史や文化と深く結びつき、人々が誇りとする郷土菓子のぬくもりが受けるのだろう。

「今の僕は、世界の郷土菓子を日本に伝える『遣唐使』のつもりです」

 世界は広い。林さんの郷土菓子の旅は、始まったばかりだ。この夏はミャンマーを旅した。次はメキシコに目が向いている。

(ライター・角田奈穂子)

AERA 2017年9月11日号