●スポンサー募り旅する

 所持金は郷土菓子の研究に使いたい。宿泊費を節約するため、夕方になると各国の言葉で「郷土菓子を探して旅をしている日本人です。一晩、泊めてくれませんか」と書いたスケッチブックを持ち、家々のドアをたたいた。もちろん、多くは門前払い。だが、どの国にも親切な人はいる。見ず知らずの日本の青年を温かく招き入れ、食事を共にしたり、町や菓子店の情報をわざわざ調べてくれたりする人が大勢いた。林さんも感謝の気持ちを込めて、日本から持参した材料でどら焼きや団子を作り、ホストにふるまった。多くの国で好意的だったのは、先に旅した日本人たちのおかげとも感じた。

 旅の様子をTwitterやFacebookで発信するうちに日本からの支援も増えていった。林さんは「THE PASTRY TIMES」というフリーペーパーを作り、定期購読者をスポンサーに募った。旅を始めた頃は500部だったが、終わる頃には、3千部を発行するようになっていた。

 だが、旅にはアクシデントがつきものだ。最大のピンチは、旅に慣れ始めた、出発から3カ月ほど経った頃。ボスニア・ヘルツェゴビナの宿泊先でパソコンとiPhone、カメラの盗難に遭ってしまったのだ。途方に暮れた林さんは、前日、自転車がきっかけで知り合った現地の中年男性に助けを求めた。

「お互い英語がほとんどできないけど、気持ちは通じるんですね。おじさんは警察で盗難届を出す手伝いをしてくれて、家にも泊めてくれました。朝食に作ってくれた自慢のサワークリーム入りのオムレツが絶妙においしくて。再現しようと何度も挑戦したんですが、あの味にはなりませんでした」

 楽天家の林さんもさすがに落ち込んだ。なによりも困ったのは、民泊する勇気が持てなくなったことだ。

 それでも帰国しようとは旅の間、一度も思わなかった。日本から応援してくれる人や自分を快く泊めてくれた人たちの「目」があったからだ。肉体的には一人でも、精神的にはつねに応援してくれる人がそばにいた。それが自転車のペダルをこぎ続ける力になったと林さんは言う。

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