博報堂生活総合研究所の三矢正浩上席研究員によると、さらにここ10年は「コト」が当たり前になって飽和し、より特別で再現性のない「トキ」に重きが置かれる傾向があるという。新太郎さんの予告通り、目の前で自分だけのために演奏してくれて一緒に歌える流しが、再び盛り上がりを見せているのには、そんな背景もある。

 新太郎さんに話を戻そう。かつて新太郎さんは、北海道から九州まで酒場を渡り歩き、腕を磨いた。全盛期はその日ごとに木札でペアを決め、2人組でお客さんを回ることも多かった。一緒に回る先輩のレパートリーを覚えていないと怒鳴られ、殴られることも。人の技を盗んで覚えた曲は3千曲にも上る。

 今年7月までは、午後7時から11時まで、荒木町のなじみの居酒屋を、弟子のちえさんと共に歩いた。新太郎さんのギターに、ちえさんが三味線で合わせる。カラオケが流行りだしてからは、客の歌の伴奏をすることも増えた。最近の客に変化はあったか、と聞くと、

「飲む人のやり方は、あんまり変わらないね。でも、昔はきっぷのいいお客が多かったから、ポンッと10万円をもらえることもあったよ」

 5年前から弟子になったちえさんは、新太郎さんを「気遣いの人」と評する。例えば、店内には話をしたい客もいるため、客の邪魔にならないよう、声のボリュームも気にした。まだ元気なうちは、お客さんを出入り口まで見送ることも欠かさなかった。また、店や街角でなじみの客に会っても、めったやたらに自分から声をかけない。相手がどんな立場の人と一緒にいるか分からないからだ。

●思い出の曲に客が涙

 新太郎さんに流しの魅力は、と聞くと、

「会う人だね」

 とひとこと。ちえさんも、

「歌は一つの手段でしかない。お客さんに出会い、宴会を盛り上げることで、喜んでもらえることがうれしいんです」

 新太郎さんの燃やし続けた流しの炎は、少しずつ広がりを見せている。最近は新世代の流しも増え始めた。

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