人の生と死に寄り添う“新しい宗教者”模索する若い僧侶たち (2/2) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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人の生と死に寄り添う“新しい宗教者”模索する若い僧侶たち

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熊澤志保AERA
みんなの寺 副住職 天野和公さん(39)/ミャンマーに渡り、尼僧になった経験がある。副住職として活動しながら、10歳の長女と6歳の双子の男の子を夫と育てている(撮影/伊ケ崎忍)

みんなの寺 副住職 天野和公さん(39)/ミャンマーに渡り、尼僧になった経験がある。副住職として活動しながら、10歳の長女と6歳の双子の男の子を夫と育てている(撮影/伊ケ崎忍)

 02年5月に結婚し、10月に中古の民家の一室を改装、本堂にした。二人の思いを込めて「みんなの寺」と名づけた。

「商店会や夏祭りに参加したり、地域の子どもたちの勉強を見たりして、知ってもらうことに努めました。近隣住宅地にポスティングもしました」(和公さん)

 毎年、夏のお盆の法要には家族連れら約500人が参列する。お盆やお彼岸には1100通もの便りを希望する人に出している。年会費も寄付金も取らないし、永代供養墓の費用も、7万円からと決して高額ではない。

「おかげさまでずっと順調で、金銭面で活動に困ったことはありません」(同)

 和公さんは、寺を訪れる人の多様性を感じている。

「昔ながらの密なお付き合いを望む人も、アマゾンのお坊さん便のようにライトな感覚で頼む人もいます。毎週5人くらい、初めての人がお寺に来ます。法事や納骨の相談なのか、子どもの不登校や中絶の相談なのか、話を聞くまでわかりません」(同)

 和公さんは、時に相談者と一緒に泣く。

「訪れた男性に、『ここは無宗教のお寺ですか?』と聞かれたことがあります。無宗教の自分でも受け入れてくれますか、という意味だったと思います」(同)

 寺は、どんな人のどんな悩みも受け入れる場と信じている。(編集部・熊澤志保)

AERA 2017年8月7日号より抜粋


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