恐山に“死者”を求めて 院代の南直哉さんに聞く (1/4) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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恐山に“死者”を求めて 院代の南直哉さんに聞く

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野村昌二AERA
恐山菩提寺の境内。硫黄臭が立ち込め、地獄に見たてられる荒々しい岩場。この風景が私たちの魂を静かに、しかし、強烈に揺さぶるのだ(撮影/写真部・岸本絢)

恐山菩提寺の境内。硫黄臭が立ち込め、地獄に見たてられる荒々しい岩場。この風景が私たちの魂を静かに、しかし、強烈に揺さぶるのだ(撮影/写真部・岸本絢)

死者の名前を記した手ぬぐいと草鞋。手ぬぐいは、あの世を旅する死者に汗をぬぐってもらうために供えられている(撮影/写真部・岸本絢)

死者の名前を記した手ぬぐいと草鞋。手ぬぐいは、あの世を旅する死者に汗をぬぐってもらうために供えられている(撮影/写真部・岸本絢)

俗世と霊界を隔てる三途の川と太鼓橋。この橋の脇を通り過ぎると、人間の信仰心が作り上げた世界が広がる(撮影/写真部・岸本絢)

俗世と霊界を隔てる三途の川と太鼓橋。この橋の脇を通り過ぎると、人間の信仰心が作り上げた世界が広がる(撮影/写真部・岸本絢)

宇曽利湖を背にして立つ、恐山菩提寺の院代(住職代理)の南直哉さん。福井県の曹洞宗大本山・永平寺で約20年間修行を積み、2005年から恐山に(撮影/写真部・岸本絢)

宇曽利湖を背にして立つ、恐山菩提寺の院代(住職代理)の南直哉さん。福井県の曹洞宗大本山・永平寺で約20年間修行を積み、2005年から恐山に(撮影/写真部・岸本絢)

 日本人がなじんできた「お葬式のかたち」がいま激変している。従来型のお葬式ではなく、「家族葬」が広く受け入れられ、弔いの形は家から個へ――。葬儀費用の「見える化」と価格破壊は何を生むのか。AERA 8月7日号で、新しい葬式の姿と、大きく影響を受ける仏教寺院のいまを追った。

 本州最北、下北半島の真ん中にある恐山。1200年にわたり、人々と亡き人の魂とが交感してきた霊場である。その中にある恐山菩提寺。禅僧で、院代(住職代理)の南直哉さんに仏教と死について聞いた。

*  *  *
 幼くしてこの世を去ったわが子への手向けだろうか。荒涼とした景色の中で、赤い風車がキュルキュルと風に鳴っている。

 本州の最北端、青森県下北半島の中央に、霊場恐山はある。平安時代の862年、慈覚大師・円仁によって開かれたと伝わり、現在は曹洞宗の円通寺を本坊とする仏教寺院だ。死ねば「お山さ行ぐ」と信じる土地の人は、この場所を「聖地」としてきた。

 記者が訪れた7月上旬。「イタコ」と呼ばれる巫女を通して死者と会話できる夏の例大祭はもう少し先で、人影の少ない境内は、強い日差しの下、静寂の空間が広がっていた。

●この世の果てか異界か

 一面灰色の岩場。かすかに硫黄のにおいが漂い、賽の河原では、あちこちで供養の小石が積まれている。卒塔婆のてっぺんに止まっていたカラスが「カー」と鳴いた。まさにこの世の果て、異界。鳥肌が立ち、血が逆流するようだ。

 しばらく歩くと、水を青々とたたえた宇曽利湖がこつぜんと現れた。太陽は湖の対岸に沈む。つまり、湖の先の西方には、阿弥陀仏の極楽浄土があると信じられている。中年の男女が湖畔に立っていた。誰の供養か、砂浜に花を刺し、涙をぬぐいながら手を合わせていた。この二人に何があったのか。声をかけようか迷い、踏みとどまった。

 一体なぜ人々は、この場所を訪れるのか。恐山菩提寺の院代(住職代理)を務める南直哉さん(59)に話を聞いた。

──ゴツゴツした岩場と、鏡面のような宇曽利湖が独特の景観をつくっています。この場所に、どのような人が何を求めて訪れるのでしょうか。

 恐山は1200年続く霊場、死者供養の中心です。ここには毎年約20万の人が訪れます。訪れる理由は人それぞれですが、私が根本的に感じるのは、死者を思い、死者に会うために、はるか下北半島の外れまでやって来るということです。

 それはなぜか。死者は実在するからです。当然、死者がゾンビのように生き返って恐山の境内を夜な夜な歩き回っている、ということではありません。死者が実在するとは、死者という存在が、目には見えませんが確かに感じられる。それは死者がリアルに立ち上がってくるということです。

──死者がリアルに立ち上がるというのはどういう意味ですか。


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