「これも手描き。逆に浮いてしまうくらいすごい一枚で、持っていかれた感があった」

 と久保。描いたのは、長年ジブリの背景にかかわってきた男鹿和雄(65)だ。久保曰く、男鹿は「特別な人」。その男鹿が美術監督を務めた「となりのトトロ」(88年)と「平成狸合戦ぽんぽこ」(94年)に、久保の目指す背景美術がある。

「情報量は多くないのに、すごく密度を感じる。ぎちぎちに描きすぎていないから世界観が柔らかい。見ていて気持ちがいい」

●誇りをもって描けば

 今回の作品では、「夜間飛行」と呼ばれる魔女の花が大きな存在感を示す。その色使いは毒々しくかつ幻想的で、観る者を引きつける。米林の求めで久保の美術チームが生み出した色で、夜間飛行にかかわる場面以外では同じ色を極力使わないなどの細かい演出もある。描いた背景カットは1千枚超。ジブリでの制作経験がない人も含め、美術チームの総力の結晶だ。

「これまでは、ジブリだからこそできたクオリティーもあるが、『アニメ=ジブリ』ではない。あくまで代表格としてジブリがあって、日本のアニメ全体が盛り上がればいいのでは」

 と久保。日本アニメ全体の背景美術が評価されるよう、今後も追求を続けていくという。

 スタジオジブリが制作部門を解散した後も、「映画を作り続けたい」と言う米林に、プロデューサーの西村が「現場をつくる」と約束して設立されたスタジオポノック。その第1作目となった「メアリ」の制作に、スタジオジブリは全く関与していない。それでも、常に「ジブリ作品」と言われることに、内心穏やかではいられないスタッフも少なくない。

 ただ、西村の信念はしっかりしている。

「設立わずか2年のポノック作品が、『絵や背景がジブリだ』と言われたら本望。ジブリ作品を作ってきた人たちが今、ここにいて、作品をつくった。ジブリで培ってきたものを全部さらけ出して作った作品が、『これは違うよ』と思われるようではいけない。自分もジブリが好きだからこそ、それを裏切ってはいけないと思う。ジブリとかポノックという冠は、映画を観る子どもには関係ないことだから」

 米林も同じ思いだ。

「ジブリと似ていると言われるからという理由だけでその表現方法を捨てるのではなく、いいものであるなら誇りをもって描いていけばいい。作品と向き合って、その時その時、よいものを作っていくべきで、表現方法が少しずつ進化していけばいいと思う」

 ジブリを巣立った後継者たちが中心になって制作した「メアリ」は、「ジブリ発、ジブリ後」の新時代を開く扉となる作品だと言っていい。

 子どもだけではなく、大人の中に眠っている童心をも呼び起こす「魔法」をジブリから受け継いだスタジオポノック。新作は、「脱ジブリ」の象徴としても、新旧のファンに受け入れられる作品になるはずだ。(文中敬称略)

(編集部・山本大輔)

AERA 2017年7月24日号