料理人と研究者コラボ

 和食の料亭が数多く集まる京都市中心部。京都御所に隣接する龍谷大学の施設「ともいき荘」には、月に1度、「菊乃井」3代目店主の村田吉弘さん、「木乃婦」3代目店主の高橋拓児さんら、日本料理を代表する料理人らが続々と集まってくる。伏木さんが主催する、料理人と研究者による「研究会」が開かれるのだ。

 会場には厨房や、食事ができるテーブルもある。「固める」「分ける」といったテーマに従って、料理人らが考えうる限りの料理を作ってくる。

 例えば「固める」がテーマの回。一般的な日本料理で固めるために使われる「熱」や「酸」のほか、寒天やゼラチンを使って食材を固める料理が並んだ。そこで、料理人と研究者が議論を交わす。伏木さんは言う。

「ここから生まれたアイデアが、実際に料亭の料理にもなりました」

 料理に添えるポン酢を食べやすいように「ゲル化させて固める」というアイデアはこの研究会から生まれ、料亭で使われるようになったという。

 伏木さんは京都大学に勤務していた2009年にこの研究会を立ち上げた。当時、「分子ガストロノミー」として、実験室にあるような試薬や機材を使って新しい料理に取り組む試みが注目を集めていた。

「最初は、料理を科学しよう、と大学の実験室にある機材を使って、料理を作ってみたんです。遠心分離機を使って食材を分離したり、液体窒素を使って食材を凍らせたりしました。メディアの注目を集めたけれど、これでは料理はあまりおいしくならなかった(笑)」

 と伏木さん。そこで今度は逆に、「科学のお作法」を厨房に持ち込むことにした。

 例えばアワビを煮る温度。温度を1度刻みで変えて煮ると、味が全く違うことに気がついた。58度で煮ると磯の香りがぷんとする。60度では磯の香りはほとんどしないが、煮アワビ独特の風味がある。

「磯の香りを楽しむ料理、煮アワビを楽しむ料理と、ただ煮るだけでも温度管理を厳密にすると、おいしい料理の幅が広がることがわかったんです」(伏木さん)

 従来、料亭の調理場では、調理時間は厳密に守るが、1~2度単位で温度を測るといった温度管理は、あまりされていなかった。ところが、この研究会で、温度管理が料理のおいしさに重要な働きをしていることがわかった。今では菊乃井などの京都の料亭では、料理人は温度計をいつも持ち歩いているという。

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