債券市場も株式市場も、経済活動の感度高き体温計であってこそ、その存在に意味がある。壊れた体温計に、価値はない。

 問題は市場でなくなった市場だけではない。安倍政権は、「働き方改革」に次ぐ政策の柱として「人づくり革命」なるものを打ち出した。5月には、「生産性向上国民運動推進協議会」なるものが開催された。人々が働き方を改革され、革命的な人づくりに小突き回され、生産性向上にむけて国民運動の中にのみ込まれていく。こんな有様のどこが経済活動なのか。

 経済学の生みの親が、アダム・スミス大先生だ。著書『国富論』の中で、彼がかの「見えざる手」という言葉を使った時、彼は決して新自由主義や市場原理主義の礼賛論を唱えていたわけではない。国家権力がいらざる介入をしなくても、経済活動は収まるところに収まり、生むべき結果を生み出す。政治の「見える手」は、経済の世界にしゃしゃり出るな。これが、大先生が言いたかったことである。経済学の父が、政治による経済殺しに発した警告だ。今の日本への警告だ。

AERA 2017年7月10日号

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浜矩子

浜矩子

浜矩子(はま・のりこ)/1952年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。前職は三菱総合研究所主席研究員。1990年から98年まで同社初代英国駐在員事務所長としてロンドン勤務。現在は同志社大学大学院教授で、経済動向に関するコメンテイターとして内外メディアに執筆や出演

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