『共謀罪』採決で未来はどう変わるのか(※写真はイメージ)
『共謀罪』採決で未来はどう変わるのか(※写真はイメージ)

 政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。

 5月19日、「共謀罪」の趣旨を含む組織的犯罪処罰法改正案が衆院法務委員会で強行採決され、23日には衆院本会議で採決されました。共謀罪の問題点はすでに多くの識者が「心の自由の制約であり、人間の内心に外から土足で踏み込まれる可能性が強い」と指摘しています。

 人間の心というのは光と闇も含めて極めて神聖なものです。だからこそ近代の立憲主義の根源には、人権や自由権があるのです。人の心に土足で入るような行動は、社会の根幹をゆがめる可能性があります。

 かつて自民党ハト派の宮沢喜一元首相は「政治というのは個人の自由に踏み込んではならない。政治ができることは個々の国民の個人としての思想信条や幸せを達成するためにその外的条件を整えてやること」と述べたことがあります。

 しかし、同じ自民党でも安倍晋三首相の個人的な見解や思想からは、自民党の中でも突出して人間の内心に関わる問題、つまり思想信条や人間の心の動きに何らかの網をかけることに尋常ならざる執念を抱いているように見えます。

「外面的なもの」と「心」。この両方に網をかけようとしているいまの日本の現状は、明らかに越権的な政治であり、まかり間違うとある種の全体主義になりかねません。

 本来であればリベラルデモクラシーが定着している先進国は、思想信条には可能な限りニュートラルであるという国家の普遍的な原則があります。近代国家というのは個人の価値の領域に踏み込まないはずなのに、今の日本はワンカラーで人々の心まで染め上げようとしているようです。戦後日本が目指した社会像とは「個人が尊重され自由闊達に人々の言論や思想信条、言葉が咲き誇る社会」だったはずです。それが跡形もなく崩れ去ろうとしています。

 私が一番恐れていることは、共謀罪の影響下で育った若い世代が、5年後、10年後にどんな思想信条を持った国民に育っていくのかということです。私たち大人は、子どもたちの未来を考え、育んでいかなければなりません。この法案が、そう遠くない未来にどんな影響を与えるのかを、もう一度考え直す必要があります。

AERA 2017年6月5日

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姜尚中

姜尚中

姜尚中(カン・サンジュン)/1950年熊本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍

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