朋友ホウ・シャオシェンが語るエドワード・ヤン監督「台北ストーリー」 (2/2) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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朋友ホウ・シャオシェンが語るエドワード・ヤン監督「台北ストーリー」

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中村千晶AERA
ホウ・シャオシェン/1947年中国・広東省生まれ。1歳で台湾に移住。エドワード・ヤン監督の「台北ストーリー」(85年)に出演。代表作に「悲情城市」(89年)、「珈琲時光」(2003年)、「黒衣の刺客」(15年)などがある(撮影/堀内慶太郎)

ホウ・シャオシェン/1947年中国・広東省生まれ。1歳で台湾に移住。エドワード・ヤン監督の「台北ストーリー」(85年)に出演。代表作に「悲情城市」(89年)、「珈琲時光」(2003年)、「黒衣の刺客」(15年)などがある(撮影/堀内慶太郎)

●IT長者になれた人物

 素顔のエドワード・ヤンはどんな人だったのだろう?

「映画をやっていなければ、彼はホンハイより早く、より大きなIT企業を立ち上げていたでしょう。彼はもともとコンピューターの専門家で、本当に頭の切れる人物だったんです。絵がものすごく上手で、絵コンテをしっかり描いていた。晩年はアニメーションを撮ろうとしていたんです。07年に亡くなる直前まで絵を描き続けていました」

 ヤン監督が遺した長編は7作。日本では3月から「クー嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件」(91年)が公開されロングラン中だ。ヤン作品が愛され続ける理由は?
「彼の作品は時代を問わず、深い意味を持つからだと思います。彼は常に時代や社会について明快な考え方を持ち、鋭利で鋭敏な感性で作品を撮っていた」

「台北ストーリー」には彼の魅力がよく表れているという。

「彼の『時代に対する目』がはっきりと感じられる作品です。ヤンはアメリカから帰って我々とは違った目で台北を見て、別の角度や社会意識を持って街を描き、時代を描いたのです。私はもっと直接的に、その街とそこに生きる人を描きます。そこが私と彼の作風の違いですね」

 彼は本当に早く逝きすぎました──。盟友を想う巨匠の姿が、心にしみた。(ライター・中村千晶)

AERA 2017年5月15日号


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